#8
粉々に砕け散るフロントガラス、金属がへこむ音、自分が握るハンドル、踏むアクセル、氷の上を滑るように横転する車、断末魔のような摩擦音。
三郎「ウッ...!?」
それは一瞬であった。霧がかっていた。しかし、どこかに自分の記憶だという確信があった。
ジョン「...フラッシュバックってやつか」
ウィリアム「大丈夫か?」
三郎「...頭が...ッ」
ジョン「しばらくそっとしておこうぜ。一気に説明して頭こんがらがってるだろ。」
ウィリアム「だな。おい、あんたもだよ、えーっと...」
慶蔵「尾島です」
ウィリアム「そうそう。尾島さん。」
ジョン「俺らは近くの駐車場に予備の車あるから、落ち着いたらこれ使ってくれ。(さっきまで乗ってた車をコンコンと軽く)鍵はさしっぱにしとく。」
ジョンたちのSUVが角を曲がり、去っていくのを見届ける。あたりには誰もいない。ただただ、自分の心臓が拍動しているのが聞こえた。
三郎「俺は...誰なんだろうな...」
運転席に腰掛け、霧がかった、鮮明で現実味のない情景を思い出す。自分が何をしてきたのか、何を思って生きていたのかわからない。ふと、フロントガラスの外に目をやる。
自分の頭の中とは真逆の、雲の少ない、きれいな夕焼けだった。
三郎「三十日、か」
短いような長いような、自分が何を思い出すのか、何を思い出してしまうのか。怖くないといえば嘘になる。だが、今更後戻りはできない。人生にバックギアはついていないのだから。
三郎は、キーをひねった。そして、ゆっくりとハンドルを握る。エンジンが静かに唸りをあげた。
慶蔵経由で送られてきた住所は近くの住宅街、その路地裏。古びた宿であった。ジョン曰く、「ザ・秘密基地」らしい。
言われた部屋の前でジョンが待っていた。
ジョン「お、戻ってきたな。入りな」
テーブルの上には地図とノートPC。奥の部屋で慶蔵がものすごい速さのタイピング音を奏でていた。仕事中のようだ。
ウィリアム「来たか。座りな。」
ウィリアムが煙草に火をつけながら口を開く。
ウィリアム「本題に入ろうか。まず俺らの護衛期間は三十日だな。」
三郎「ああ」
ウィリアム「今日が一日目。当然明日も明後日も、毎日敵は襲撃してくるわけだ。」
ウィリアムは続ける。
ウィリアム「最後のほうになればやばいやつも出てくるだろうな。正直、敵の数、質、タイミング、何もかもがわからんからこの三人だと彼を守り切れるか自信がない。」
三郎は口を閉ざしたままであった。今日なんとか乗り越えられたとはいえ、やはり三十日という長い時間に不安を感じていた。
ジョン「んで、逆転の策だがー」ジョンが三郎の肩をポンとたたく。
「お前にかつての腕を取り戻してもらう。」
ウィリアム「退院してからそこまで時間たっていないだろうが、事実あんたは病み上がりであそこまで立ち回れた。やはり、体は覚えているのだろう。」
「普通車と車がぶつかったら、お互いぺしゃんこになる。しかし、あんたは、スマッシャーは車で車を轢けたんだよ。」
ジョン「別に失った記憶を思い出してもらう必要はない。体に刻まれているもんを叩き起こしてもらうだけだ。」
三郎「...できなかったら?」ぽつりとつぶやく。確かに体は動いたが、自分の中で眠っているものを引き出せる気はしなかった。
ウィリアム「ぶっつけ本番で死ぬ気で頑張るしかないな」ウィリアムが煙を吐きながら言う。
三郎は目を閉じる。今日だけでとてつもない情報量が入ってきた。依頼人が大企業の社長であること、自分が伝説と謡われる人物であったこと。
掠った右足が痛む。しかし不思議と恐怖心はなくなっていった。
体が、心が前に進もうとしている。
三郎「わかった。やってみよう。」
ジョン「おし来た!んじゃ明日から特訓するぞ」
三郎「え?特訓?」
ウィリアム「ああ。それ用の車も用意してる。いくらでも潰していいぜ。」
三郎「...マジか」
三十日の戦いが幕を開けた。
最近暑いですね。皆さんも体調にはお気をつけて。




