#9
翌日、朝焼けが薄く差し込む頃。
三郎は、ある広大な廃工場跡に連れてこられた。雑草の茂った鉄の残骸、朽ちた壁。
そこに、不自然に並べられた数台の中古車があった。色もバラバラ。車種も統一性がない。
ウィリアム「ここが今日からの訓練場だ。気にせずに壊していい。どうせ全部廃車寸前だからな。」
三郎は不安げに大きく息を吐いた。運転席に乗り込むとすでに助手席に座っていたジョンが笑いながら言う。
ジョン「最初の方は一緒に乗るからな。死にたくなけりゃ気張れよ?」
三郎「...マジか」
ジョン「マジだ」
最初のターゲットは中が水で満たされたドラム缶数本。
エンジンをかける。
最初は恐る恐る、石橋を叩きすぎて砕くほど慎重なアクセル。しかしーー
ガン!!
ボウリングなら百点満点。真正面から突っ込んでしまった。弾き飛んだドラム缶を見上げながらジョンが苦笑する。
ジョン「あんた、昨日の動きから死ぬほど下手になってるな」
三郎「うっさい」
焦りが滲む。”やらなければならない”という気持ちはある。しかし、”できる”と思えない。自分には”できた”という記憶すらないのだから。
午後、再挑戦。オレンジ色の鱗雲の空の下、もやもやしながらアクセルを踏む。
ガン!!
やはりプロボウラー顔負けのストライク。しかし隣から「ナイス!」と声がくることはない。
ジョン「まぁ一朝一夕でできるとは思ってないが...」
ボコボコのボンネットを見ながらジョンが言う。さて、どうしたものか。
二日目。今度の相手はドラム缶ではなく、ウィリアムが即席で作った90度の急カーブだった。
三郎「急カーブだったらこの前曲がれたぜ」
ジョン「おっ、じゃあ見せてくれ」
アクセルを踏む。昨日より思い切り踏めた。カーブまでの道がどんどん近づいてくる。
ジョン「おい?」 ジョンが冷や汗を垂らす。
三郎はハンドルを切りシフトレバーに手を添える。...しかし遅すぎた。
ッガッシャァァン!!!
壁に激突した。車のフロントが潰れ、煙が上がる。ジョンが咳き込みながらドアを蹴って出る。
ジョン「下手すりゃ首もげたぞ…」
ジャケットの袖で汚れた顔を拭いながら言った。
ウィリアムがゆっくりと近づいてくる。彼の手には缶コーヒーとタブレット端末。どうやら撮ってくれていたようだ。
ウィリアム「…まぁ、遅かった、ってのは自分で痛感してるだろう。あとは減速が足りない。ライン取りが浅すぎる。」
三郎「うーん…」
おかしいな、最初奴らに追われてた時は出来たのにな…
ジョン「まぁ、回数重ねていこうぜ。」
一週間後
ジョン「うん。最初と比べて動きはだいぶ良くなったな。」
ウィリアム「だが1日目のあの動きにはだいぶ離れてるよな。まだ車を轢くことはできてないしな。」
ウィリアム「…一肌脱ぐかぁ。おい三郎!」
ジョン「?何やるんだ?ウィリアム」
ウィリアム「俺が相手になる。やられ役やるって言ったんだよ」
ジョン「バカか!?お前タダじゃ済まねぇぞ!」
ウィリアム「あいつは体に叩き込まれてるタイプだ。本番じゃないと起きないんじゃないか?なぁ、三郎」
三郎「……」
ウィリアムはニヤリと口元を歪めた。
ウィリアム「ぶっつけ本番、やるしかないよな」
そういうとウィリアムは車の一つに向かって行った。
三郎も運転席にハンドルを握る手を強くした。手が汗ばみ、心臓が強く拍動している。
ジョン「あいつが覚悟決めてんだ!お前も腹決めろよ!」 ジョンの声が飛ぶ。
エンジンを唸らせる。
ウィリアムと三郎の車が同時に加速した。コースを縫うように走る。
三郎が角をドリフトし、車の中、運転席のウィリアムが目に入った時ーー
頭の中を風景と頭痛が迸った。
金属が潰れる音。
弾け飛ぶサイドミラー。
砕け散るフロントガラス。
踊るシフトレバー。
今度の景色ははっきりとしていた。
息を吸い、思いっきりアクセルを踏む。
刹那ーーウィリアムはフロントガラス越しに気づいた。三郎の目が今までとは違うことに。
ガコンッ!という鈍い、鈍い衝撃音。
ウィリアムの車体が弾かれ、横にズレる。が、制御不能ではない。潰れる寸前で止まっていた。
両者の車が止まる。
キキーッというブレーキ音。
その場に砂埃が舞った。
ウィリアムが笑いながら言った。
ウィリアム「……ッハハ!やっと起きたな!スマッシャー‼︎」




