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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第7話 弟子入りしましょ

 しゃがみ込んでいたシズエは、俺が駆けつける直前、床にへたり込んでしまった。


「リュウ……」


 こちらを向いた顔色がすぐれない。シズエの身に何が起きているのか。それを知る前に俺はシズエを休ませなければと思った。


「つらいなら横になるか?」


「うん……ごめん」


 まずはシズエを休める場所へ連れて行かないと。俺はシズエをおんぶしようとして、背負ったリュックが邪魔なことに気づく。

 かといって、せっかくシズエが()(つくろ)ってくれた服を捨てて行くのもためらわれる。


「……許せよ」


 俺はシズエをお姫様抱っこすると、店の壁を突っ切って、隣にある寝具店へと運び込んだ。生者の流儀なんて今はどうでもいい。店内を見渡して人気の少なそうな一角を見つけ、ベッドの上にシズエをそっと横たえる。


「寝心地はどうだ?」


 俺の問いかけにシズエは答えるでもなく、弱々しげな声を漏らす。


「リュック……前に回せばおんぶできたのに」


「悪い。うっかりしてた」


 そうか。俺は気が動転していたんだ。冷静な大人を演じていたつもりだったんだけどな。

 俺がベッドのそばに下ろしたリュックを、シズエはうらめしそうに見つめていた。


「欲張りすぎてバチが当たったのかな……」


「張りきりすぎただけだろ。短い間でこんな量を複製したの初めてなんじゃないのか?」


 無言で口をとがらせるシズエ。これは図星のようだ。

 思うに、霊が現世の物を複製するコストはタダじゃない。シズエはそれに気づかなかったか、あるいは知っていて無視し続けてきたのだ。


「もうこんな無茶はするな。約束してくれ」


「…………うん」


「それと、今日はたくさん服選んでくれてありがとな。大事に着るよ」


「……うん」


「ゆっくり休めよ。今は自分の体調だけ考えろ。俺の心配なんかしなくていいから」


「…………」


「……なんだ? まだ不満でもあるのか?」


「そばにいて……私が眠れるまで」


「……わかったよ」


 俺はシズエが目を閉じるまで見守ってから、自分もベッドのへりに背中を預けて身体を休めた。

 やがて後ろから穏やかな寝息が聞こえてきたところまでは覚えているのだが――



  *



 ――そう、覚えている。

 あの春の昼下がりも、お前はリビングのソファーの上で寝息を立てていて。

 俺は大学生活にも慣れて、お前は中学に上がるのを楽しみにしていた頃。


 2年前に母さんが亡くなって、お前はますます俺にべったりになってたよな。

 毎年くれてた誕生日プレゼント、今でも引き出しにしまってあるよ。


 あれから5年。あっという間だった。

 親父がああなったのは誰のせいでもない。人の心はあっさりと折れてしまうものだってことは、今の俺がよく知っている。


 だとしても、俺がもっと強かったならば、お前に楽をさせてあげられたのに。

 あんなやつに未来を奪われることはなかったはずなのに。


 あんなひどいことは、もう忘れてしまいたかった。

 俺たち兄妹二人、幸せに暮らしていた思い出だけを残しておきたかった。


 でも、そんなに都合よくいくわけがなくて――



  *



 薄暗い店内。夕方にしては静かすぎる。案の定、時計の針は7時前を差していた。

 ついさっきまで夢を見ていた気がする。気がするだけで、内容はまったく思い出せないのだが。


 俺はベッドに寄りかかった姿勢のまま、長いこと寝入ってしまっていたようだ。もし霊でなかったら、身体があちこち痛んでいたに違いない。


「リュウ、おはよう!」


 頭の上から張りのある声が降りそそいできた。座ったまま振り向くと、ベッドに仁王立ちするシズエがいた。昨日のぐったりした様子が嘘のように元気いっぱいだ。

 服が変わっていないということは、シズエも今さっき起きたばかりか。


「……ぜんぜん似てないよな」


「なんの話?」


「ん? 俺、今何か言ったか?」


「リュウ寝ぼけてる? 私はこのとおり大復活しましたのでご心配なく!」


 それでこそ頼れる相棒だ――なんて言うとまた調子に乗りそうなので、心の内にとどめておくとしよう。

 どちらにしても、シズエは俺が一方的に守ってやるような妹分ではないのだ。


 それに、俺ばかりが世話になりっぱなしの関係にもしたくない。


「安心したよ。昨日みたいなことになったのも、俺がシズエにばっか負担かけたせいだな」


「そんな。あれは私がやりたくてやったことだし、リュウが気にする必要ないって」


 シズエはベッドに載ったまま、しゃがんで俺と目線を合わせる。それでも床に膝立ちしている俺のほうがちょっとだけ下だ。


「俺、考えたんだよ。記憶を取り戻すためにいろんなことを知っていかなくちゃいけないって。雑誌や新聞も複製できるんだろ? 俺にも作り方を教えてくれないか」


 シズエと出会って4日目。それまでは流されるままだった俺が、自分の足で歩き始めた朝でもあった。

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