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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第5話 お食事しましょ

 今日も俺の目に映るのは知らない町並みばかりだった。あるいは忘れてしまっただけなのか。


 午前10時の遊歩道を、シズエは花柄のロングワンピースを揺らしながら歩いていた。手足が長いぶん、なかなか様になっている。

 さっきシズエに言った「似合ってる」は決してお世辞ってわけじゃない。


「リュウ、どうしたの? 私に見とれてるのかな?」


 俺の視線に気づいたシズエが足を止めて振り返る。想定内のアクションだ。


「気になるな」


「えっ……!?」


「その服の出どころだよ」


「そっちかぁ……」


 相変わらず表情筋の忙しい幽霊だ。打てば響く、と言えば聞こえはいいかもしれない。


「昨日くれた鏡もそうだけど、そもそも霊が物を持ち歩いたり、身につけたりできるのはどういう仕組みなのかと思ってな」


「仕組みまではわかんないけど、服とか持ち物は自分で作ってるというか、コピーしてるというか――」


 シズエとの会話は、けたたましい犬の鳴き声で(さえぎ)られた。老婦人の連れたミニチュアダックスフンドが俺の方を見て吠えかかっている。


「たまに気づく子もいるんだよねー。場所移動しよっか」


「ああ……」


 昨日の僧侶といい、なぜ俺ばっかり――という思いはあるが、理由を犬にたずねるわけにもいくまい。俺はおとなしく退散することにした。




 しばらく散歩を続けた俺たちは、住宅街を抜け出る。

 ふらりと立ち寄ったスーパーの駐車場に、キッチンカーが停まっていた。


「あっ、クレープ可愛い!」


 シズエはキッチンカーへ走り寄るや、俺の方を振り向いて手招きする。


「食べ物なんて眺めてどうするんだ?」


 ぼやきつつ歩み寄る俺を、予想だにしない光景が待ち構えていた。


「ごめんなさい。ちょっとお借りします」


 シズエは店主とお客に向かってお辞儀をした後、クレープスタンドに手を伸ばす。

 次の瞬間、クレープが同じ大きさに分裂してシズエの手の中に収まっていた。


「さっき言ってたコピーってのはこれか!」


「びっくりしたでしょー? ……んー、バッチグー!」


 シズエはクレープを一口ほおばると、親指を立てて破顔した。会社でパートのおばちゃんがよくやってたやつだ。

 それはさておき、真っ先に気になることがある。


「幽霊が物食って大丈夫なのか……?」


「だいじょぶだよ、ほら」


 シズエは食べかけのイチゴクレープを俺に差し出す。食べてみなさいと言わんばかりに目を細めて。

 まあ、俺はためらいなく食べるわけだが。


「んん……たしかに美味いな」


 味も食感も喉越しも本物だ。実際は生前の感覚を再現しただけの錯覚なのかもしれないが。

 冷静に味わう俺を、シズエは口と眉をへの字にして見つめていた。


「リュウぅ……もうちょっとリアクションをさぁ……」


「なんだよ。間接キスでも意識してオロオロしてほしかったか?」


「それはそれで解釈違いだけどぉ……」


「めんどくさいな……」


 基本的に俺は女子との接し方がなってないのだろうな、と自覚する。前にシズエから言われた「モテない」というのも、悲しいかな事実だ。忘れたい記憶にかぎって覚えているのが困りものである。


「ところで包み紙はどうするんだ?」


「普通にゴミ箱に捨ててるよ。勝手に消えちゃうし。手放したものは自然に還っていくんじゃないのかなぁ」


 どうりでシズエが服とバッグぐらいしか持ち歩かずに済むわけだ。


「それにしても、よくこんなやり方思いついたな」


「お墓とか仏壇にお供え物あるじゃない? こうして自分がお供えされる側になってみてさ、どうにかして受け取る方法があるんじゃないかと思ったわけ」


「なるほどな。物に宿った霊を引っ張り出してるとか?」


「んー、ちょっと違うかも。写真撮るみたいな感じ? ふんっ! って気合いを入れるとパッて出てくるの」


 初めは上手くいかなかったが、試行錯誤を重ねるうちにコツがわかってきたのだという。シズエのこうした創意工夫や熱心さは素直に尊敬する。


「3Dプリンターみたいなものか。シズエはすごいな」


「褒められちゃった。リュウは何か欲しいのない? クレープ以外でもいいよ」


「それじゃ……あっちのたこ焼きとか」


「おっけー。まかせて」


 俺たちは別のキッチンカーへ行き、シズエがたこ焼きを皿と楊枝ごと複製する。

 湯気に揺れるカツオ節や青のりとソースの匂いが、俺の視覚と嗅覚をリアルに刺激した。


「う~ん、アツアツのホクホク! はい、どうぞ召し上がれ」


 手渡されたのは、またしてもシズエがつまみ食い済みのたこ焼きである。


「……俺は一回シズエ経由しないと食べれないシステムなの?」


「私は毒見役ですから」


「そんなことしなくても、俺はシズエのこと信用してるから平気だけどな」


 俺は懐かしい香ばしさと歯ごたえを味わって顔を上げる。今度もシズエに見つめられていたが、さっきと違って喜色満面である。


「なんだ? もう一個分けてほしいのか?」


「違うし! 私そんなに食いしん坊に見える!?」


「真っ先にクレープ飛びついてたヤツに言われてもなぁ」


 お互い憎まれ口を叩きながら、俺もシズエも笑っていた。

 シズエが楽しいと俺も嬉しい。そんな自分に俺はいつしか気づき始めていた。

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