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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第4話 寝泊まりしましょ

 シズエに連れられて来たのは、デパートの寝具売り場だった。

 店内放送のBGMは営業時間も残りわずかだと告げている。


「私は今日ここにしよっかなー」


 我が物顔でベッドにダイブするシズエを横目に見ながら、俺は手持ち無沙汰にネクタイを緩めた。


「勝手に忍び込んでタダ寝するとか、ちょっと気が引けるな」


「霊が場所取ったり汚したりできるわけじゃないし、気にしすぎだって。リュウも自分の寝る場所選んだら?」


 さすがは幽霊の先輩というか、割りきった思考だ。先のことを見すえて俺も見習うべきかもしれない。


「そうだな……このベッドにするか」


「あっ、そこ昨日私が寝たベッドだ」


「じゃあ別のとこにしよう」


「なんでよ! 当たりでしょ!? せめて喜ぶふりぐらいして!」


 騒がしいシズエをよそに、俺は上着と靴を脱いで適当なベッドに寝そべった。


「お、ちゃんとベッドの感触がする」


 よく観察してみると布団自体は沈んでいないから、単なる気の持ちようなのかもしれない。


「やっぱリュウもそう感じるんだ。掛け布団はないけど、床で寝るよりは落ち着くでしょ?」


「まあな。というか、霊って眠れるのか?」


「私は眠れるけど……あ、そろそろかな」


 フロアが消灯し、俺たちは暗い中に取り残された。周囲にある明かりは非常口の誘導灯だけだ。


「言われてみれば眠気を感じないこともないな。身体は疲れないし、腹も減らないのに」


「眠くなったら言ってね。私も静かにするから」


 たまに懐中電灯をもった警備員が見回りに来る以外は、俺とシズエ二人きりの空間が広がっている。

 とりたてて何かがあるわけじゃないけれど、どこか非日常的な空気に包まれた夜がそこにあった。

 ちょっとした合宿気分に俺がワクワクしていたことは、シズエには内緒だ。


 しばらくはぽつぽつと雑談を続けていた俺たちだったが、やがて自然と口数は減っていった。


「……今日はいろいろとありがとな」


「そこは『明日もよろしく』でしょ」


「そうだな。明日もよろしく頼むよ、シズエ」


「うん、じゃあね。おやすみ、リュウ」


 その夜、俺はシズエと修学旅行を回る夢を見た。



  *



 2日目の朝。俺はカーテン越しの光で目を覚ます。


 売り場の時計の針は8時台を示していた。

 デパートは開店前だが、なんとなく人の気配がする。別のフロアでは従業員が動き始めているに違いない。


 俺は体を起こし、昨日シズエからもらった鏡をのぞいてみた。ヒゲは伸びていない。もう死んでいるのだから当然だ。

 にもかかわらず、生前の朝よろしく元気に張りつめたズボンの生地に俺は戸惑う。肉体の記憶というのは俺が思う以上にままならないものらしい。

 この機能、今さら必要か? と、誰にともなく心の中で問いかけた矢先、


「リュウ、おはよう」


 シズエの声を聞いて、俺はそそくさと姿勢を正した。


「お、起きてたのか。早かったな」


 薄明かりに照らされたシズエは、昨日と服装が変わっている。


「見て見て。おニューのワンピース」


「今どきおニューって……まあ似合ってるんじゃないのか」


 シズエはたまに妙な言葉づかいをする。レトロ趣味なんだろうか。


「ちょっと反応薄くない? もっと気にすることがあると思うんですけど」


「そうだな。どこで服を調達してきたのか、とか」


「あとどんな感じで着替えたのかなー、とかね。……ちょっと想像した?」


「いや。しない」


「ウソでしょ!? 永遠の女子高生を目の前に心動かさない男の人とかいる!?」


 安っぽい挑発はともかくとして、偏見もひどいものだ。ここは大人として苦言を呈しておかねば。


「あのなぁ……言っとくが、女子高生とかいうワードに食いつく男なんてロクなもんじゃないぞ」


「そ、それはそうですけどぉ、今のはジョークみたいなノリでぇ……」


「感心しないジョークってことだ。気を引きたいなら若さとか肩書きじゃなくて、ちゃんとシズエ自身と向き合ってくれる相手にしておけ」


「…………うん。わかった」


 シズエは存外素直に受け入れてくれた。なぜ説教されてニコニコできるのかは理解できないが。


「まぁ、俺も悪かったよ。朝っぱらからつまらない話して。シズエにはこれからいろいろと教えてもらう立場なのに」


 失った記憶を探す以前に、俺は霊の世界、そして霊そのものについて知らなさすぎた。

 シズエに出会えたことが俺にとってどれだけ幸運な出来事だったのか。この先、俺は幾度ともなく思い知ることになる。


「そうそう。今日からリュウには幽霊の心得をレクチャーしてあげるんだったっけ」


「霊の心得って言い方……で、まずは何をするつもりなんだ?」


 俺がたずねるのを、シズエは待ってましたとばかりに意気込んでみせる。


「まずはぁ……朝なのでお散歩しに行きます!」


「お年寄りか!」


 言い返しはしたものの、シズエが楽しそうならば従うのもやぶさかではない俺がいた。

 そんな俺の気分を抜きにしても、幽霊二人の散歩が普通の散歩で終わるはずもないわけで。

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