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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第3話 命名しましょ

 ベンチを立った俺たちは、人もまばらな夕方のショッピングモールを散策する。

 俺の斜め前を行く背の高い少女は自称「シズエ先輩」である。


「シズエって、君の名前か」


「リアクション()っそ。……あ、もしかしてシワシワネームだとか思ってる?」


「いいや。素敵な名前だと思うよ。君は静かとは程遠いけどな」


 たまには言い返してもバチは当たらないだろう。案の定、シズエはムッとした面持ちで悪態をつく。


「お兄さん絶対モテないよね?」


「どうだろ。記憶がないんでわからないな」


 自虐ジョークのつもりだったが、シズエは一転しょんぼりしてしまった。


「そっか……自分の名前も覚えてないんだもんね」


 俺は少し気が(とが)めた。ここは年上らしく、明るくなるような話題を振ってやらなければ。


「まぁ、なんだ。俺も名無しのままじゃ不便だし、せっかくだからシズエが名前つけてくれるとありがたいな」


 途端にシズエはぱっと顔を輝かせる。なんともわかりやすい。


「名前かぁ……『ああああ』とかどう?」


「キャラクリ適当か! かえって呼びづらいだろ」


「それじゃあ……東三条院(ひがしさんじょういん)幽月(ゆうげつ)で!」


「名前負けしそうだな」


「うーん……なら、クヌート・フォン・フォイエルバッハにする?」


「もっと覚えやすいのにしてくれ……」


 その後もシズエからは乙女ゲームのヒーローみたいな名前を20個ぐらい提案されたが、俺はすべて却下した。


「俺をおもちゃにするのは結構だけど、自分が呼びやすい名前にしたほうがいいんじゃないか?」


「んー、わかった。『リュウ』にしよう」


 聞いた瞬間しっくりきた。


「シンプルでいいな。気に入った」


「でしょ? 昔近所にいたワンコの名前」


「犬かよ!」


「えっ、でもシベリアンハスキーだよ? カッコイイよ? 見た目は」


「犬種の問題じゃないんだが……」


 見た目「は」格好いいときたか。そう言われると今さらだが、俺は自分の身だしなみが気になった。

 何気なくショーウィンドウを横見するも、霊となった俺の姿は映るわけもなく。


 男の俺はともかく、シズエは鏡が使えなくて不自由していないのだろうか。

 そんな俺の心配はすぐに覆された。


 ちょうどシズエが手鏡を見ながら前髪を直していたのだ。


「鏡、映るのか……?」


「ああ、これね。リュウも見る?」


 シズエは背中を俺の胸に預けんばかりに身を寄せ、鏡面をこちらへ向ける。驚くことに、シズエの顔のすぐ斜め上には見慣れた俺の顔が並んで映っていた。


「てっきり霊は鏡に映らないもんかと……」


「欲しい?」


「ん、んー……」


 俺は口ごもった。差し出された手鏡は、キラキラのシールやストーンで派手にデコレーションされていたからだ。


「そっか。リュウにはこっちだね。はい、あげる」


 シズエはバッグから別の鏡を取り出し、俺に手渡す。飾り気のない折りたたみのコンパクトミラーだった。


「それじゃお言葉に甘えて。ありがとう」


 念のため確かめてみると、こちらにもきっちり俺の姿が映し出されている。


「不思議だな。どうやって手に入れたんだ?」


「ふふーん。企業秘密です」


「勿体ぶるなぁ」


「なんてね。そのうち教えてあげる」


 シズエはよく笑う。時に悪戯っぽく、あるいは得意げに、そして無邪気に。

 移り変わるシズエの表情を目にするたび、不安や恐怖にかき乱されていた俺の心は、穏やかな日常へと戻っていくように感じられた。


「リュウ、急に黙り込んでどうかした?」


「ん、なんていうかシズエと話してると――」


 気のせいか、こうして年下の女子と語らうひとときが懐かしく思えるのだ。




 『誕生日おめでとう。今年はね……』




 『学校? 心配しなくても、ちゃんと行ってるってば』




 『……キは……あたしが邪魔なんでしょ!?』




「――……っ!!」


 フラッシュバックした声と映像は、瞬く間に忘却の淵へと消え去っていった。

 それなのに、呼び覚まされた感情の名残りは、失ったはずの俺の心臓を早鐘のように打ち鳴らす。


 目の前で俺の名を呼ぶ声がした。


「リュウ! リュウ、大丈夫!?」


 こちらを不安げにのぞき込むシズエを見て、俺は自分を取り戻す。いつまでもシズエにこんな顔をさせていたくはない。


「……悪い。疲れが……出たのかも」


「無理しないで今日はもう休もう? 私いい場所知ってるから」


「ああ……そうさせてもらう」


 暮れなずむ街の中を、俺とシズエは肩を並べて歩き出した。

 この平穏な日々にあとどれぐらいの時間が残されているのか、俺はまだ知る由もなかった。

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