第2話 ご一緒しましょ
手首に残る指の感触とぬくもりの余韻は、俺たちが確かにここにいるという実感を与えてくれている。
追跡を振り切った安堵ももちろんあるのだけれど。
「一回さ、落ち着いて話さない? あの辺で」
少女の提案に従い、ショッピングモールのベンチに二人で腰を下ろす。
「今さらだけど、壁はすり抜けるのにベンチにはちゃんと座ったりできるんだよな」
「あー、なんかそういうの私も考えたことある。考えてもわかんないし、30分ぐらいで飽きちゃったけど」
少女はあっけらかんと言い放つ。
「30分って……俺がここに来てからよりも短いんだが」
「ってことは1時間ぐらい? デビューほやほやだねぇ。そっかぁ……道理でぎこちない感じすると思った」
少女の表情はコロコロと変わる。幽霊らしい悲壮感とは無縁な彼女のペースに、俺はすっかり呑まれていた。
「俺たちって幽霊……でいいんだよな? あ、ごめん。さっきからタメ口で」
「ううん。お兄さんのほうが私より年上でしょ? スーツ似合ってるし」
俺は24歳の会社員――ここまでは覚えているのに、自分の名前も家族のことも忘れてしまっている。
そんな状態で、気がついたら霊になって街のど真ん中に放り出されていたのだと、俺は少女に話した。
「君は覚えているのか? 自分のこと。どうして幽霊になったとか」
「うん。はっきり覚えてる。18歳の誕生日が私の命日だったから」
不意に見せた淋しげな目元に、俺は胸が締めつけられた。
「ごめん。軽率だった」
「べつに。死んでからは自由気ままにあちこち一人旅してる身ですから」
「一人で? 大変じゃないか?」
「もう慣れたし平気。だいじょーブイ!」
「ぶい?」
唐突なピースサイン。懐かしの映像特集でしかお目にかかったことがないポーズだ。
呆気にとられる俺をスルーして、少女は話を続けた。
「あと、たま~にだけど、私みたいな浮遊霊? に会えたりもするし」
話を聞く限り、少ないながらも俺たちのような存在がいるようだ。霊的な波長が合う者同士でないとお互いを認識できないらしい、とは彼女の仮説である。
「今まで会ったのはみんな女の人だったから、お兄さんはレアキャラだね」
「レアキャラ……。というか、その人たちは今どうしてるんだ?」
「消えちゃった。未練がなくなって成仏したって言えばいいかな」
微笑みとは裏腹に、伏せたまつ毛が憂いをにじませる。
「だからさ、久しぶりなんだ、こうして話できる人。嬉しくてちょっとテンション上がっちゃってるの。許してね」
「許すも何も。俺でよければいくらでも話し相手になるよ」
「お兄さん、ホント優しいんだね。悪霊のくせに」
少女の冗談めかした口ぶりが俺の心を軽くしてくれる。
「悪霊じゃないって。といっても、記憶がないから証明できないけどな」
「……だったら、証明できるよう探さない? お兄さんの記憶」
「その言い方だと……」
少女は俺の背中を押したうえで、自分もついて来る気満々に見える。
「いくらでも話し相手なってくれるんでしょ? そのお礼みたいな?」
「そもそも俺、探すとは一言も言ってないんだが」
わかっている。悪霊として追い回された強烈で真新しい記憶が、俺に二の足を踏ませているのだ。
はっきりいって、死因を知るのが怖かった。俺を死に追いやった出来事、もしくは誰かに対する怒りや恨みが、俺を悪霊たらしめているのだとしたら――。
「探すんでしょ?」
「もし俺が凶悪な殺人犯だとか判明したらどうするんだ?」
「えー。絶対なさそう。お兄さん、なんだか頼りないし」
「地味に傷つくな……」
俺の心配事なんて、彼女からしたらランチメニューを悩むぐらいの感覚なのだろう。でも、そんな天真爛漫さに救われている俺がいた。
「べつに今すぐじゃなくても、そのうち気が向いたら出発ってことでどう?」
「まぁ、それならな。探し物以前にこの……霊界って言えばいいのか? 俺もまだわからないことだらけだし」
俺が申し出を飲むや、少女は勢いよくベンチを立ちこちらを振り返る。
「よし。それじゃあ右も左もわからない新人さんに、今日からこのシズエ先輩がレクチャーしてあげよっかな」
得意げに胸を張るシズエの名前を、俺はこの時初めて知るのだった。




