第25話 ……しましょ
あの夏祭り以来、俺とシズエの距離は次第に近づいていった。
どちらからともなく――。
まあ、そんなことはいちいち日記に書くまでもないだろう。
でもシズエに「記念日ぐらいは大事にして」とせがまれたので、次のページに書きとめておくとしよう。
*
130日目。世間では夏休みも終盤を迎えたころ、いくぶん混雑の収まった遊園地を俺たちは訪れていた。
ひとしきり遊び回ったあと、シズエに観覧車へ誘い込まれたのが運の尽きだった。
「で、いつになったらリュウは誠意を見せてくれるのかな?」
シズエは対面から身を乗り出し、俺の顔をのぞき込む。まぶたと涙袋にさりげなくのせられたラメを、窓から入り込む西日が照らしていた。
「今日のメイクなかなかキマってるな」
「遅っそ。今そういうのいいから」
シズエが何を言わんとしているかは、俺にもわかっていた。
2か月も前に水族館で口にした「責任」という言葉と、俺は向き合わなければならない。
「ん、まぁ……おかげさまで気持ちの整理はだいぶついたかな、と」
「うんうん、それで?」
出会ってから5か月、俺たちはそこいらの男女よりもずっと濃密な時間を過ごしてきた。お互いに過去も打ち明けて、受け入れ合って、壁と呼べるものは残っていないはずだ。
あるとすれば、それは俺の中の逡巡だけ。
「なんというか……やはり年の差は気になるというか……」
「あっ、ひどーい。昭和生まれの女は守備範囲外ってこと?」
「違う! 逆だよ。俺は社会人だし、シズエは……一応まだ高校生だろ」
シズエと向き合おうとするたび、リユのことが俺の頭をよぎった。
年上の男という立場を利用して、俺は無自覚にシズエを追い込んだりはしていないだろうかと。
けれど、そんな俺の迷いはとっくに見抜かれていたらしい。
シズエは俺の隣に座り直すと、真剣な眼差しを向けてきた。
「高校生じゃない。妹でもない。今リュウの隣にいるのは誰?」
そう問いかけたあと、シズエはにこりと笑ってみせる。その表情で俺の脳裏には、いつかリゾートホテルで過ごした夜の記憶が呼び覚まされた。
『若さとか肩書きじゃなくて、ちゃんとシズエ自身と向き合ってくれる相手にしておけ』
シズエを通して自分に諭された気分だった。俺はシズエを一人の人間として見てやらなくちゃいけなかったんだ。
「シズエ。俺の……大切な人」
だから俺は、シズエをこの手で抱きしめる。
唇を。
重ねる。
*
堰を切ったかのように、俺とシズエの関係は進んでいく。
お互いに触れ合う箇所が増えていった。心も、身体も。
テントだけを持ってキャンプの真似事をしたり、水着を着て二人で浜辺へ出かけたけたこともあった。
俺たちは恋人同士なんだと改めて実感する――なんて言ったら、シズエには笑われてしまったけれど。
この愛しい気持ちを、言葉だけではとても伝えきれないと悟るまで、そう何日もかからなかった。
*
152日目。いつもより遅めの朝を迎えていた俺たちは、眠気覚ましも兼ねて河川敷を散歩する。
ついこのあいだまで緑一面だった光景に、黄色や茶色が点々と混じり始めていた。そよ風に撫でられた草地のさざめきが、心なしか昨日よりも乾いた響きに聞こえる。
「……何見てるんだ?」
シズエからの視線がくすぐったい。どうせ昨夜のことを言われるのだろうな、という予兆を俺は肌で感じた。
そして案の定。
「する前はあんな渋ってたくせに、リュウってば私のこと好きすぎだよね?」
否定はしないが、素直に認めるのも照れくさい。
「シズエは……俺にされて嫌じゃなかったか? 怖かったり、キモかったりしたら言ってくれていいからな」
「ううん。余裕なくなってるリュウすごく可愛かったよ。私の名前呼びながら泣きそうな顔して――」
「ストップ! もういい! 十分わかったから!」
そんなの面と向かって言われたら恥ずかしくて死ぬ。死んでるけど。
「私こそ、どこか変なとこなかった?」
「いいや。むしろ、その……すごく綺麗だった」
「その発言はちょっとキモいかも」
「うぅああぁ……っ!」
俺はたまらず近くにあった高架橋に頭を打ちつけるも、すり抜けてしまうので意味がなかった。
「あはは、ウソウソごめん。ちゃんと思ってるから。私、愛されてるなぁって」
背中にすがるシズエの体温が、俺に本当の意味で「生きている」という実感を与えてくれる。
シズエにもそうあってほしいと願うから、俺は後悔しないよう言葉にしておく。
「俺はこれからもシズエと……ずっと一緒にいたいって思ってるよ」
「それってプロポーズ?」
「そう受け取ってもらって構わない」
俺はシズエのほうに向き直り、両の手を取って握った。まばたきをするごとにシズエの口角が上がっていく。
「嬉しい……そうだ! いっそこれから新婚旅行ってことにしない? 好きなとこ回って、いろんなもの見て……」
「それって今までとどう違うんだ?」
「ぜんぜん違うよ。私たちの関係が変わったら、見える景色だって変わるはずでしょ」
シズエは俺にたくさんのこと教えてくれる。
思えば、シズエとの時間は俺にとって旅のようなものだった。
だけど、旅には終点がつきものだから。
どこかで区切りをつけなければいけないのだと、シズエはこのとき俺に知らせてくれていたような気がした。




