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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第二章 ミントブルーの追憶

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第24話 さよならしましょ

 生き甲斐だった妹を失って、どこへも行けなくなってしまった俺に、シズエは名前を、居場所をくれた。


「ありがとな。最後まで話聞いてくれて」


 俺が言うと、シズエは小さく首を横に振った。


「私、リュウに何もしてあげられてない」


「そんなことは――」


「リュウ、まだ悲しそうな顔してる」


 シズエの瞳がじっと俺を見つめている。自分ではわからないが、シズエが言うのならきっとそうなのだろう。


「復讐を果たしたことに後悔はない――って言ったら、俺のこと軽蔑するか?」


「ううん」


「そうか。けど、虚しいって感じてるのも本当の気持ちだ。あいつを殺したってリユが生き返るわけじゃないし、俺はこのとおり自分の身を滅ぼしてしまったからな」


 薄雲に覆われた夕空の下、川べりでは地元の人たちによる灯籠(とうろう)流しが始まっていた。

 あの世へと流れていく魂の中に、妹も――リユもいてくれたらと切に願う。どうやら俺はまだそちらへは行けそうにはないから。


「薄情な兄貴だよ、俺は。そこまで大切に想ってた妹のこと、今の今まで忘れてしまってたなんて」


「妹さんは守ってくれたんじゃないかな。リュウの心が壊れてしまわないように」


 シズエはおとなしく俺の話に耳を傾けている間、そんなことを考えていたのか。

 たしかに、リユと関係する事柄を全部ひっくるめて忘れ去れば、その間は絶望に苦しまなくて済む。

 都合のいい解釈かもしれないが、俺にはそれがシズエの優しさに感じられた。


「だとすると、今になって思い出せたのは、俺の心が耐えられるぐらい回復したからってわけか」


 そして、それはシズエがいてくれたおかげだ。


 俺を見るシズエの眼差しからは心配の色が薄らいでいた。シズエは口を開くより先にそっと俺の袖をつかむ。


「ねえ。これからお祭り見て回らない?」


 急な提案だなんて思わない。シズエは俺を現在(いま)へと連れ戻そうとしてくれているんだ。


「それじゃすぐに支度しないとな」


 俺は小さくうなずいた。




 神社の境内に夜店の屋台が立ち並んでいる。

 浴衣や甚平(じんべい)に彩られた人波の放つ熱気は、温度を感じない俺たちにも伝わってくる。


「まさか幽霊が混じってるなんて思いもしないだろうな」


「そうかなぁ。お盆だし、想像してる人ぐらいいるんじゃない?」


 裸電球のあたたかな光がシズエの浴衣姿を照らし出す。紺色の布地に白い波紋が広がり、その間を金魚が泳いでいる小粋な柄。選んだ当人は相変わらず「かわいい」の一点張りだったけれど。

 着つけには俺が少し手を貸してやった。妹のを手伝った経験が今になって役立ったことには、めぐり合わせを感じずにいられない。


「リュウ、どうしたの? そんなに見つめて」


「浴衣似合ってるな。なかなか綺麗だ」


「え! 急に何!? 焼きそばおごろっか?」


 あたふたするシズエを見ると、こっちまでくすぐったい気持ちになる。


「お世辞じゃないって。俺だってたまに本音ぐらい言うだろ」


「たまにじゃなくて、いつもにしてほしいんだけどなぁ」


 シズエは足取りも軽やかに屋台を渡り歩く。


「金魚すくい懐かしいね~。ちょっとやってみない?」


「エア金魚すくいでもするつもりか? 生き物は複製できないんだぞ」


 俺も今夜はシズエにとことん付き合ってやろう――そう思っていたのだけど。


「それじゃあれは? ヨーヨー釣り」


 色とりどりの水風船が浮かぶ水槽を前にすると、不意に湧き上がる感傷に心を染められていくのを抑えられなかった。




 『ほら、ヨーヨー取ってやったぞ。可愛いピンクのやつ』


 『やだ! リユ青いのがいい!』


 『しょうがないな。じゃあ俺のと交換するか』




「……悪い。少し……休ませてくれ」


 にじんでいくシズエの姿に背を向け、俺は人の波とは逆方向へ歩き出した。

 やがて鳥居をくぐり抜けた俺は、(やしろ)の縁側に膝を抱えて座り込む。


 祭りの喧騒ははるか遠く、ただ虫の声だけが俺をなぐさめるように鳴き続けていた。


 あのころ、俺たち兄妹にとって世界はずっと単純だった。

 俺はリユの笑顔を守れさえすれば、それでよかったのに――


「どうして……いつから、こんなふうになってしまったんだろうな」


 思わず(ひと)りごちた声があまりにか細くて、震えていて、みじめでどうしようもなかった。


 こんなにも情けない俺を、リユが嫌うのは当然だ。それはかまわない。

 でも、リユが俺に嫌われたと思い込んだまま死んでしまったのはかわいそうでならない。


「お前はひとりじゃないって、言ってやりたかった……」


「大丈夫。伝わってるよ」


 紺色の浴衣が視界をかすめて、俺の後ろに回り込む。背中合わせに触れたぬくもりが、肩越しにささやく涙声が俺を元気づけてくれる。


「覚えてるでしょ、妹さんのスマホのパスコード。お兄さんの誕生日のまま。きっと仲直りしたかったはずだから」


 そうか。

 そうだといいな。


 夜空に轟く花火の音が、俺たちのすすり泣く声をかき消してくれる。




 さようなら、タツキ。俺はリュウとしてこの先を歩いていくよ。




 そしてありがとう、シズエ。こんな俺に寄り添ってくれて。




 俺は君のことが好きだ。

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