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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第二章 ミントブルーの追憶

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第23話 追憶・リュウ〈後編〉

 箱を拾い上げる際、俺は不自然な重みを感じた。

 蓋を開けた俺の目に飛び込んできたのは腕時計ではなく、その上に置かれたスマートフォンだった。ケースもストラップもついていなかったが、俺は直感的にそれがリユのものだと確信した。


 リユの遺体のそばでスマホは見つかっていなかった。それがどうしてこんな場所にあるのか。

 考えるよりも早く、俺はそのスマホを充電器につないでいた。


 はやる気持ちを抑えて電源を入れる。ロックを外すパスコードは6桁。リユの誕生日を入力するが開かない。

 もしやと思い、俺は「0X1026」と――自分の誕生日を打ち込む。


「…………開いた……!?」


 勝手に中をのぞくのは気が(とが)めたが、俺はどうしても知りたかった。リユが死ぬ前に何を考えて、何を(のこ)したかったのかを。


 通信を切ってメッセージアプリを立ち上げる。よかった、認証は切れていない。

 トーク欄の最上段にあった相手。名前は――「トガ」。




Rゅ『今日もアニキうざ

   そろそろムリかも』


トガ『家族から逃げられないのキツいよね

   オレも毒親育ちだしわかる』


Rゅ『かたじけない』


トガ『逆に考えなよ

   自立するいい機会かもしれない』


Rゅ『家出るってこと?』


トガ『そ 今からこっちおいで

   オレの言うとおりやれば仕事身につくし

   資格も学歴もなくて大丈夫

   リユは地頭いいからぐんぐん伸びるよ』




 トガの甘い言葉にリユは乗せられていた。


 今使ってるスマホは処分しろ。

 新しいスマホ渡すから、アカウントも別に作れ。


 そうやってトガはリユと俺との接点を奪っていった。


 だけど、リユのスマホはここにある。


「……絶対に…………探し出してやる」


 警察の手が及ぶ前にトガを見つけて、リユとの関係を問いたださなければならない。俺はその一心で、メッセージの履歴や写真からトガの居場所を洗い出す。

 その日のうちに、市内にあるガールズバーの店長の名前に俺はたどり着いた。




 翌日の夜、俺は外でトガを待ち伏せしていた。

 店の裏口から出てきた三十がらみの金髪男に、俺は背後から呼びかける。


「どうも、トガさん。おつかれさまです」


「は? あんた誰?」


 男の反応で俺は確信した。


「妹がお世話になったそうで。詳しく聞かせてほしいんですが」


「妹? あんた、リユの兄貴か!?」


 問い返しながら、トガは(ひと)()のない路地の方へ後ずさっていく。よほど俺との会話を聞かれたくないらしい。それがわかる程度には、まだ俺は冷静だったといえた。


「いいから答えろ! 妹に、リユに何をした!?」


 詰め寄っていった俺の肩を、トガの両手が押し返す。


「今さらゴチャゴチャうるせえなぁ! 甲斐性のねえあんたの代わりに、オレはあいつに美味しい思いさせてやったんだ! むしろ感謝してほしいぐらいだよ!」


 何も言えなくなった俺に、開き直ったトガはおぞましい言葉を浴びせ続けた。


「あのガキ、風呂沈める前にいろいろ仕込んでやるつもりだったのによぉ。ちょっと酒飲ませたぐらいでくたばりやがって」


「……やっぱりお前か……俺の妹を殺したのは……――!!」


 俺をにらみつけたまま、トガはどこかへ電話をかける。


「あー、もしもし? 例のヤツが嗅ぎつけてきたんで処理(バラ)しちゃってください。……はい。店の裏んとこです」


 本気かハッタリかを見極める余裕は俺になかった。恐怖のせいではない。燃え上がる憎しみが、俺の心をすっかり染め上げてしまっていたから。


 悪意に歪みきったトガの顔つきが、俺の脳裏に焼きついている。


「ごめんねえ、タツキくぅん。キミもうすぐ人生終了みたいだわ」


 暴力とは無縁の人生を送ってきた俺の、どこにあんな力が眠っていたのか、今でもわからない。


「それがどうした」


 俺はトガに襲いかかるや、馬乗りになって顔面を殴り続けた。

 拳の皮膚は裂けていたし、激痛の走る小指側の骨は折れていたに違いない。

 それでも俺は、振り下ろす拳を止めようとはしなかった。


 俺の意思とは無関係に、体から力が抜けていくあの瞬間までは。


「ク……ッソ、が……イカれてやがる……」


 トガが俺を押しのけてふらふらと立ち上がった。

 血だまりの上へ蹴り転がされた俺の脇腹には、ナイフが深々と突き刺さっていた。


 全身を襲う猛烈な寒気と、腹部を焦がす熱い痛みの間で、俺はただただ祈った。

 あと10秒、いや5秒でいい。俺の命よ、もってくれと。


 俺は残る力を振りしぼり、自分の腹からナイフを引き抜く。かすんでいく視界にただ一つはっきりと映るのは、トガの去りゆく後ろ姿だけだ。




 オ前ダケハ許サナイ――




 不規則に響く二つの足音が重なったとき、ナイフの刃はトガの背中を貫いていた。

 うめき声を漏らし、痙攣しながら息絶えるトガの姿を、俺はしっかりと見届ける。




 リユ。俺のたったひとりの妹。


 ひどいこと言ってごめん。

 仲直りできなくてごめん。

 情けない兄貴でごめん。


 一言でもいいから謝りたいのに、リユはもうどこにもいない。




 あいつさえいなければ、やり直すことができたかもしれないのに。




 今にも消え去ってしまいそうな心を、憎悪の残り火にゆだねて、俺はどこまでも歩き、さまよい続けていた。




 俺は今どこにいるんだろう。




 誰か、教えてくれ――



  *



「リュウはここにいるよ」


 君がそう言ってくれたから、俺はここにいられる。

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