第22話 追憶・リュウ〈中編〉
119日目。
午後のくもり空の下、俺はシズエと並んで土手に腰を下ろしていた。
「妹の名前か? 『リユ』だよ」
俺が答えると、シズエは目を丸くした。
「えっ? リュウ……?」
「リ、ユ、な。おかしいだろ? こんなにも近くにあったってのに、今まで思い出せずにいたなんてな」
むしろ近すぎたからこそ気づけなかったのかもしれない。
俺たち兄妹の名前も、思い出も、ずっと共にあったんだってこと。
俺は今からシズエにすべてを打ち明ける。
*
兄妹で暮らし始めてから2年ほどが過ぎたころ。
リユの通う学校から、無断欠席が増えたとの連絡があった。
一度は俺も注意したけど、リユが飲食バイトのシフトを増やして疲れているのは知っていたし、そう何度も強くは言えなかった。
「学校? 心配しなくても、ちゃんと行ってるってば」
俺はリユの変化を察しながら、気のせいだと自分に言い訳をしていた。
2年前に就職してからというもの、俺の身にはあまりにも多くのことがのしかかりすぎていた。
親父の入院や、死んでからの葬儀や火葬の手続き。
借金が明るみになってからは、何か所もの借り入れ先と連絡を交わしながら、相続放棄のために役所と裁判所を行き来して。
そのあとも持ち家や車の処分、そして引っ越しの段取りまで、全部俺がやらざるをえなかった。
その間おろそかになっていた仕事の遅れを取り戻すのに、俺は必死で働いた。
今頑張らなければ、リユに楽な生活をさせてあげられないという一心で。
皮肉なことに、俺はほかでもないリユと向き合う時間を失ってしまっていたんだ。
毎年10月26日、俺への誕生日プレゼントをくれていたリユ。
だけど、去年だけは違っていた。
「タツキ、これ今年の分ね」
夕食後リビングにやって来たリユから、俺は両手に収まるぐらいの四角い包みを受け取った。
「どうしたんだ? 一か月も早いじゃないか」
「来月は友だちと旅行の約束あるからさ。今のうちにと思って」
なぜそんな中途半端な時期に――俺はこの時点で違和感を覚えていた。
疑念が確信に変わったのはその直後、プレゼントの包みを開けたときだ。
中身は高価な腕時計だった。中古品だとしても10万は下らないだろう。とても高校生のバイト代で手が届く代物じゃない。
「リユ……お前、これどうやって手に入れた?」
俺が問い詰めると、リユは最初こそはぐらかしていたが、やがて渋々と自分の行いを白状した。
「バ先で知り合ったお客さんで……カラオケとか誘ってくれて、それから毎回いろいろ……して、お金とか――」
*
「もしかして援助交際とか……? 違ったらごめん」
おそるおそる問うシズエに、俺は淡々と答える。
「違わない。リユはとっくにバイト辞めてパパ活してたんだ」
俺は自分がみじめで仕方がなかった。
将来を考えて仕事に打ち込むあまり、目の前のリユを見てあげられなかった。
そんな至らない自分への怒りを、ほかならぬリユにぶつけるなんて――
*
「俺に隠れてこそこそと……どうしてそんなとこばっかり親父に似るんだよ!」
やるせない思いを吐き出しながら、俺は腕時計を箱ごと床に叩きつけた。
しおらしかったリユの表情が一変した。
「タツキはお父さんのお金で大学まで行けたじゃん! でも、あたしは友だちみたいに自由におしゃれすることだってできないんだよ!?」
「……すまない。俺が出世するまで、今だけ我慢して――」
「あたしにとっては今が大切なの!!」
あとにも先にも、リユがあんなに声を荒らげるのを俺は見たことがなかった。
「はっきり言えばいいじゃん! タツキは……あたしが邪魔なんでしょ!?」
そんなことはないと、なぜ俺はすぐに言い返さなかったのだろう。
あのときの俺は、リユの口からそんな言葉が出てくるとは信じられずに、頭の中が真っ白になってしまっていた。
だけど、今となっては何もかもが言い訳にすぎない。
その日から俺とリユが家で顔を合わせる時間はめっきりなくなった。
俺が話しかけても返事は返ってこなかったし、電話やメッセージにも反応しない。リユは食事にも手をつけず、外で済ませているようだった。
2週間も経たないうちに、リユは家に帰ってさえこなくなった。
たしかにリユがしたことは間違いだった。
でも、俺がリユに取った態度も正しいとは言えない。
身内びいきだと言われようと、俺にはリユを責めようなんて気はこれっぽっちもなかった。
若気のあやまちなんて、あとでいくらでも反省できるんだから。
血を分けた兄妹同士、わかり合える日がきっと来るはずだから。
でも、その機会は永遠に奪われてしまった。
『――……未明、△△公園で若い女性の遺体が発見されました。死因は急性アルコール中毒で、死亡したのは市内に住む高校2年の……――』
ひとりぼっちのリビングに流れるラジオ音声は、俺の耳を素通りしていった。
もう知っている。警察から全部聞いていたから。
『――……県警は事件性の有無について詳しい捜査を進めており……』
ふらりと立ち上がった俺のつま先に硬いものがぶつかった。
「ッ……! なんなんだ、こんなときに……――!?」
部屋の隅に転がっていたのは、あの日から置きっぱなしになっていた腕時計の化粧箱だった。




