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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第二章 ミントブルーの追憶

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第19話 お別れしましょ

 76日目。歩道橋の出来事から二週間が過ぎていた。


 世間は7月を迎えていたが、幽霊の俺たちにとっては、真夏の日差しもゲリラ豪雨もノーダメージだ。

 とはいえ、季節感とは無縁の生活も味気ない。


「どうせなら夏らしく海でも見に行ってみない?」


 シズエの提案に俺も異論はなかった。


「いいんじゃないか。急ぐ旅でもないしな」


 トラウマと向き合ったシズエの心は、おそらく本人の自覚以上に疲弊しているはずだ。静養も兼ねてしばらく観光を楽しむのも悪くない。


 こうして俺たちは海沿いの街に滞在することにしたのだった。



  *



 80日目。

 今日は水族館にやって来た。夏休みにはだいぶ早いが、週末ということもあって家族連れでにぎわっている。


 午前中にイルカとアシカのパフォーマンスを見物したあと、俺たちはシズエが見たがっていたクリオネを探しに館内を歩き回る。

 ところが、あいにくと公開期間外だったようで。


「冬の間だけかぁ。残念」


「まあ待てって。こっちも面白そうだぞ」


 気落ちするシズエを、俺はクラゲの展示エリアへと誘った。


 360度を取り囲む水槽の中では、大きな傘が()りガラスのようなキタミズクラゲや、七色に発光するカブトクラゲなど、多種多様なクラゲが優雅に泳ぎ回っている。

 中でも、シズエは丸くてふわふわしたタコクラゲがお気に入りみたいだ。


「うわぁ~かわいい~! 無限に見てられる~」


「時間はたっぷりあるからいいけど、ほどほどにしとけよ」


 限りある生から解き放たれた俺たちは、生前よりもずっと多くの時間を手にしているように思える。


 けれども、本当にそうだろうか。

 幽霊だって、いつかは訪れる成仏の時を待ち続けているだけの存在なのだとしたら。


 今俺が感じているのも、かりそめの自由にすぎないのかもしれない。




 ややあって、俺たちは地下の展示室へと向かった。

 フロアの中央に飾られたいかつい古代魚の剥製を見つけて、シズエが小走りに駆け寄っていく。


「シーラカンス! 懐かしいなー。私の小さい頃プチブームあったんだよ? お父さんの部屋にウロコの標本とか置いてあったもん」


「そりゃさすがにレプリカだろ。けど、そう聞くとシズエの生き物好きは親ゆずりみたいだな」


 雑談を交わす(かたわ)ら、俺は自分の家族についてはいつ切り出そうかと、いまだに迷っていたのだが――


「リュウのお父さんはこういうの興味なかった?」


 シズエの何気ない問いかけが、図らずも俺の背中を押してくれた。


「どうかな。あんまり話とかしないまま、親父のほうが先に死んだから」


 親父は仕事一筋の人だったから、親子で趣味の話をする機会なんてほとんどなかった。

 母さんを交通事故で失ってから、親父はますます仕事にのめり込むようになった。心身の疲労が重なったんだろう、何年もしないうちに深刻な病気が発覚して、あっけなく逝ってしまった。


 そんな話をしながら、俺たちはトンネル水槽の中を歩いていた。


「そうだったんだ。それでリュウは一人ぼっちに……」


 頭上を通り過ぎる回遊魚の群泳が、シズエの顔に影を落とす。


「いや、二人だった。思い出したんだ、妹がいたこと」


 俺はカバンから日記帳を取り出し、ホルダーに差し込んだミントブルーのペンをシズエに見せた。


「これと同じペン、妹からもらったプレゼントだったんだ」


 それを聞いたシズエは一瞬口を開こうとするも、何も発することなく目を伏せてしまった。


「俺が思い出せたのはそれで全部だ。けど薄々は気づいてるよ。妹はもうこの世にいないんだって。それに……俺の死んだ原因が妹がらみだってことも」


 あのおしゃべりなシズエを黙らせてしまったことが、明るい笑顔を曇らせてしまったことが心苦しい。

 だけど、ここまで語ってしまった以上もう止められない。


「悪いけどシズエ、ここから先は俺一人で行こうと思う」

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