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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第二章 ミントブルーの追憶

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第18話 許してあげましょ

 自分が死ぬまでの一部始終を語り終えたシズエの横顔は、長年の重荷を下ろしたように晴れ晴れとして見えた。

 それなのに――


「あーあ。ホント私ってバカみたい」


 シズエの口から漏れたのは、痛々しいほどの自嘲だった。

 初めての恋人だけでなく、信頼していた友人たちにまでに裏切られたシズエの孤独と絶望を思うと、心が張り裂けそうになる。


 元彼へのちっぽけな嫉妬に悩まされていた自分が恥ずかしかった。

 傷ついたのは俺じゃない。俺が大切に想う、シズエだ。


「シズエは間違ってない」


「リュウは優しいね。でもそれはないかな。実習生と付き合うなんてやっぱいけないことだよ」


 正論だ。でも、そんな()(さい)な道徳観を今になって持ち出すのは言い逃れでしかない。


「友だちが気を悪くしないように、シズエが思いきって恋愛に踏み出した結果だろ。彼氏との仲だって上手くいくよう努力したし、そのうえで最後には自分の意志もちゃんと伝えたじゃないか」


「だけど失敗した」


「……そうだな。たしかに取り返しのつかない失敗はした。だけど、俺だってきっとそれ以上のことやらかしてるよ。悪霊になるぐらいだしな」


 ともすれば軽薄な俺の物言いに、シズエは語気を荒らげた。


「気休めはやめて! リュウに私の何がわかるの!? 自分のことだってわかってないくせに!」


 言い放った直後、シズエははっとして口をつぐんだ。


「わかってるよ」


 シズエは自分を罰したいんだと思う。だからわざわざ俺に打ち明けてくれたんだ。その気持ちを否定しちゃいけない。

 けれど、罰することそのものが目的になってもいけないから。


「そのときそのときで正しいと思う選択をしたって、結果が裏目に出ることなんか人生にはザラにある。人間なんて間違いをくり返す生き物なんだよ。いつまでも気に病んでたら前に進めない」


「でも……私は……」


 体を震わせ、足もとへ視線を落とすシズエの言葉を、俺は黙って待つ。


「……私はあんな死に方して、きっとみんなの心に一生消えない傷を残した。お父さんお母さんにだって顔向けできない。そんな気持ちで何十年も逃げ回ってた、私は臆病で卑怯な女だから」


「起きたこと全部の責任をシズエが背負う必要なんてないだろ。事の大きさを考えたら臆病になるのは当然だし、卑怯なんかじゃない」


 小さく開かれたシズエの唇が緩やかに結ばれた。


「長い間たった一人でよく耐えてきたな、シズエ」


 俺が話し終えたあともシズエからの返事はなかった。やはりまだ腑に落ちないのか、それとも俺の言ったことを考えてくれているのか。


 たとえ今すぐでなくても、いつか俺の想いが届けばいいと願った。

 いつだって俺はシズエの味方なんだからと。


「とりあえず今日はもう休もう。日が落ちる前に泊まれる場所探さないとな」


 夏空を染め上げるピンク色の夕焼けを背負って、俺たちは歩道橋の階段を降りていく。明日の天気は多分崩れるだろう。

 ならばせめて、雨よ、どうかシズエの悲しみを少しでも洗い流してやってくれ。




 ほどなくして俺たちが見つけたのは、駅から近いビジネスホテルの空き部屋だった。


「リュウはどうして……」


 不意にシズエが口を開いたが、それ以上言葉が続かない。

 俺はシズエの意を()んで答える。


「シズエが自分のこと許せなかったら、シズエの味方が誰もいなくなるだろ。俺一人ぐらいは味方についてやらないとフェアじゃないって思っただけだ」


 まつ毛に隠れていたシズエの視線が、ゆっくりと角度を上げた。

 こうして目が合うのは、なんだか久しぶりな錯覚を覚える。


「……おやすみなさい」


「ああ、おやすみ。また明日な」


 別れ際、それまで固かったシズエの表情が、俺には一瞬やわらいで見えた気がした。



  *



 翌朝、俺は絶え間のない雨音で目を覚ます。窓の外は――見るまでもないだろう。

 きっと空気もジメジメとしているに違いない。暑さや湿気とは無縁な霊の身では感じるすべもないけれど。


 ベッドから起き上がり、軽くストレッチをして廊下に出る。

 なんとなく、そんな予感はしていた。


「おはよ」


 シズエが待っていた。俺のよく知る、笑顔のシズエが。


「おはよう」俺は一呼吸を置いて、あえて曖昧なたずね方をする。「もういいのか?」


「うん。昨日はごめんね」


 明るく答えながら、後ろに組んだ両手が若干の気まずさをうかがわせた。何に対しての「ごめん」なのか、なんて野暮なことは聞かない。シズエには萎縮したりせずにのびのびといてほしいから。


「気にしてないから大丈夫だ。コミュニケーションは大事だろ」


「なんだかリュウって、お兄ちゃんって感じするね」


 シズエが嬉しそうに口にした「兄」という言葉に、俺は一瞬意識を奪われかける。シズエから頼られるのは素直に誇らしい。それなのに、背筋が凍りつく感覚に襲われるのはなぜだ。


「……そうか。褒め言葉と受け取っておくよ」


 俺は取り(つくろ)ってその場をやり過ごす。だが、そのあともしばらくは(さむ)()が治まらなかった。


 はっきりとした記憶を取り戻せないままに、俺は直感してしまった。

 俺には妹がいる。




 いや――妹が「いた」。

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