第16話 追憶・シズエ〈前編〉
61日目。俺たちはシズエの生まれ育った△△県まで来ていた。当面の目的地である俺の地元まではそう遠くない。
今日は朝から晴天だった。前日に降った雨の跡も乾き、駅前の商店街はそれなりのにぎわいを見せている。
「シズエはこのあたりには来たことあるのか?」
「うん。景色はすっかり変わっちゃったけどね」
シャッターの下りた店の軒下で、ストリートミュージシャンが弾き語りをしていた。
このメロディは俺も知っている。平成初期に流行った応援ソングで、亡き母の十八番でもあった曲だ。
シズエはにわかに歩調を緩め、歌に聴き入っていた。
「懐っつ。この歌、私の友だちPHSの着メロにしてたなー」
「あー、なんか自分で打ち込むやつな」
もちろん俺の知識は両親からの聞きかじりだ。
世代を超えたつながりが、俺たちを含めたいろんなもの――歌い手や道行く人たち、商店街の歴史までも結びつけている――そんなことを感傷的に考えてしまう。
「リュウもああいうのやったことある?」
俺が「ああいうのって?」と聞き返すと、シズエは「路上ライブみたいな」と答える。
「やらないな。基本、部室で騒いでるだけだったよ」
「学校ではライブとかしなかった? 学祭とか」
「残念ながら。うちは文化祭も2年に1回だったし、俺はその前に退部したからな」
どうも俺の自分語りは暗い話にしかならないらしい。
ならばシズエはどうなのかと逆に質問してみると、
「部活? 入ってたよ。なんだと思う?」
質問返しが俺を待っていた。
「テニスとか?」
「惜しい!」
「バドミントンか」
シズエが目を丸くした。どうやら正解のようだ。
「よくわかったね」
「驚くことでもないだろ。シズエといえば活発なイメージだしな」
「ふぅん。実はそうでもないんだな、これが」
懐かしのTVCMみたいなおどけた言い回しが、かえってシズエの思わせぶりを目立たせる。
かといって、わざわざツッコむ気も起きず、俺は生返事で会話を受け流したのだった。
歩き続けた俺たちは、ほどなくして大通りへ出た。地方都市とはいえ、中心街ともなれば交通量はそれなりだ。
「今日の目的地はあっち側だったな」
俺が歩道橋を渡ろうとしたとき、後ろでシズエが足を止めた。
「どうかしたのか?」
「ううん。何でもないよー」
とは言うものの、シズエの表情はどことなく固い。
ふと俺は、前にも似たようなことがあったのを思い出した。
『わざわざ上る必要なくない? 普通に道路渡ったほうが近いでしょ』
口ぶりこそ正反対だったけど、あの雨の日、シズエは歩道橋の前で同じ表情をしていた。
思い立った俺は踵を返す。
「別の道にしよう」
「えっ」
「高い所苦手なんだろ? こないだ公園で宙に浮いたときもおびえてた」
「……リュウは私のことよく見てるね。でも半分は間違いかな」
シズエの手が俺のシャツの裾をつかんで立ち止まらせる。
振り返った俺を、シズエの眼差しがまっすぐに見つめていた。
「本当に平気か?」
「ぐずぐずしてたら私、先に行っちゃうよ。リュウは下から来れば?」
シズエはミニスカートをひるがえして歩道橋へと向かっていく。
待て。下からはマズい。俺はあわててシズエを追い抜き、先に階段を上った。
しかし、シズエは一向に追いついてくる気配がない。後ろを見やると、シズエはまだ下のほうで手すりにもたれかかっている。
「やっぱりやめ――」
「やめない」
俺はシズエに歩み寄り、無言で手を差し出した。シズエの細い指先が俺の手のひらに沈む。そのまま俺はシズエの手を引いて一段一段、ゆっくりと階段を上っていく。
初めはうつむき加減だったシズエが少しずつ顔を上げていく様を、俺は自分の肩越しに見守った。
ややあって、俺たちは二人とも歩道橋の上へたどり着いた。
シズエは大きく息をついてしゃがみ込む。
「けっこう時間かかっちゃったなぁ」
「大げさだな。2分もかかってないだろ」
俺が言うと、シズエは首を横に振る。
「ううん。30年」
ゆっくりとシズエが身を起こしたとき、俺はその返事の意味を悟った。
「私ね、歩道橋から落ちて死んだんだ」
シズエが俺に打ち明けてくれたのは、30年前の今日――6月17日に起こった悲劇の記憶だった。




