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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第二章 ミントブルーの追憶

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第16話 追憶・シズエ〈前編〉

 61日目。俺たちはシズエの生まれ育った△△県まで来ていた。当面の目的地である俺の地元まではそう遠くない。


 今日は朝から晴天だった。前日に降った雨の跡も乾き、駅前の商店街はそれなりのにぎわいを見せている。


「シズエはこのあたりには来たことあるのか?」


「うん。景色はすっかり変わっちゃったけどね」


 シャッターの下りた店の軒下で、ストリートミュージシャンが弾き語りをしていた。

 このメロディは俺も知っている。平成初期に流行った応援ソングで、亡き母の十八番でもあった曲だ。


 シズエはにわかに歩調を緩め、歌に聴き入っていた。


()っつ。この歌、私の友だちPHS(ピッチ)の着メロにしてたなー」


「あー、なんか自分で打ち込むやつな」


 もちろん俺の知識は両親からの聞きかじりだ。

 世代を超えたつながりが、俺たちを含めたいろんなもの――歌い手や道行く人たち、商店街の歴史までも結びつけている――そんなことを感傷的に考えてしまう。


「リュウもああいうのやったことある?」


 俺が「ああいうのって?」と聞き返すと、シズエは「路上ライブみたいな」と答える。


「やらないな。基本、部室で騒いでるだけだったよ」


「学校ではライブとかしなかった? 学祭とか」


「残念ながら。うちは文化祭も2年に1回だったし、俺はその前に退部したからな」


 どうも俺の自分語りは暗い話にしかならないらしい。

 ならばシズエはどうなのかと逆に質問してみると、


「部活? 入ってたよ。なんだと思う?」


 質問返しが俺を待っていた。


「テニスとか?」


「惜しい!」


「バドミントンか」


 シズエが目を丸くした。どうやら正解のようだ。


「よくわかったね」


「驚くことでもないだろ。シズエといえば活発なイメージだしな」


「ふぅん。実はそうでもないんだな、これが」


 懐かしのTVCMみたいなおどけた言い回しが、かえってシズエの思わせぶりを目立たせる。

 かといって、わざわざツッコむ気も起きず、俺は生返事で会話を受け流したのだった。




 歩き続けた俺たちは、ほどなくして大通りへ出た。地方都市とはいえ、中心街ともなれば交通量はそれなりだ。


「今日の目的地はあっち側だったな」


 俺が歩道橋を渡ろうとしたとき、後ろでシズエが足を止めた。


「どうかしたのか?」


「ううん。何でもないよー」


 とは言うものの、シズエの表情はどことなく固い。

 ふと俺は、前にも似たようなことがあったのを思い出した。



 『わざわざ上る必要なくない? 普通に道路渡ったほうが近いでしょ』



 口ぶりこそ正反対だったけど、あの雨の日、シズエは歩道橋の前で同じ表情をしていた。

 思い立った俺は(きびす)を返す。


「別の道にしよう」


「えっ」


「高い所苦手なんだろ? こないだ公園で宙に浮いたときもおびえてた」


「……リュウは私のことよく見てるね。でも半分は間違いかな」


 シズエの手が俺のシャツの裾をつかんで立ち止まらせる。

 振り返った俺を、シズエの眼差しがまっすぐに見つめていた。


「本当に平気か?」


「ぐずぐずしてたら私、先に行っちゃうよ。リュウは下から来れば?」


 シズエはミニスカートをひるがえして歩道橋へと向かっていく。

 待て。下からはマズい。俺はあわててシズエを追い抜き、先に階段を上った。


 しかし、シズエは一向に追いついてくる気配がない。後ろを見やると、シズエはまだ下のほうで手すりにもたれかかっている。


「やっぱりやめ――」


「やめない」


 俺はシズエに歩み寄り、無言で手を差し出した。シズエの細い指先が俺の手のひらに沈む。そのまま俺はシズエの手を引いて一段一段、ゆっくりと階段を上っていく。


 初めはうつむき加減だったシズエが少しずつ顔を上げていく様を、俺は自分の肩越しに見守った。


 ややあって、俺たちは二人とも歩道橋の上へたどり着いた。

 シズエは大きく息をついてしゃがみ込む。


「けっこう時間かかっちゃったなぁ」


「大げさだな。2分もかかってないだろ」


 俺が言うと、シズエは首を横に振る。


「ううん。30年」


 ゆっくりとシズエが身を起こしたとき、俺はその返事の意味を悟った。


「私ね、歩道橋から落ちて死んだんだ」


 シズエが俺に打ち明けてくれたのは、30年前の今日――6月17日に起こった悲劇の記憶だった。

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