第15話 ぶっちゃけましょ
次から次へといなくなってしまった家族の中で、最後まで残っていてくれた妹。
そんな大切な存在を、俺はいまだ思い出せずにいる。
*
51日目。世間の暦で言うと6月の半ばだ。
カレンダーは日記帳についているからいいとして、時間を確認するのに腕時計があれば便利なのに、と俺は常々思っていた。
合間を見ては腕時計の複製に挑戦していたものの、いまだ失敗続きだった。はっきりとした原因はわからない。スマホなんかに比べれば複雑な構造ではないはずなのだが。
「……今日もダメだな。集中が足りないのか」
百貨店の時計売り場で俺がぼやいていると、横からシズエが声をかけてきた。
「あんまり気負わないほうがいいよ。私だって上手く複製できないものとかあるし」
「そうなのか? たとえばどんなのだ?」
俺は何の気なしに聞き返した。シズエは目をしばたたかせ、口ごもりつつ答える。
「どんなっていうか……ローファー。死んだ時に履いてたから」
シズエの引きつった笑顔を見て、俺は心が痛んだ。言われてみれば、シズエが履く靴はスニーカーやサンダルばかりだったことに気づく。
「そうか……悪い。嫌なこと思い出させたな」
俺はシズエに謝りながら頭の隅で考えていた。俺が腕時計を複製できないのは、シズエと同じように、記憶の底に沈んだトラウマに原因があるんじゃないかと。
そんな心の内を知ってか知らずか、
「ううん、平気。それよりやっとこっち見てくれたね」
シズエの眉が3ミリ上がった。多分、今俺の眉は1ミリ下がってる。
「なんのことだ?」
「とぼけないでよー。リュウってば今朝からぜんぜん私のほう向いてくれないんだもん」
夏の装いに身を飾ったシズエは、ショートパンツから伸びる生脚をこれみよがしにチラつかせている。俺が目の置き場に困っているのを楽しんでいるかのようだ。
「ガン見したらそれはそれで問題があるだろ」
「そんな極端なこと言ってないし。ずっと思ってたんだけど、リュウって意外と女の子慣れしてないよね? もしかして童……」
「…………!」
「女子と付き合ったことないとか?」
わざわざ言い直すんじゃない。余計みじめになるだろ。
とはいえ、今さら見栄を張ってどうなるものでもない。
「まぁ、お察しのとおりだよ。高校も大学も、異性どころか人付き合い自体避けてきたからな」
「中学まではそうじゃなかったってこと?」
シズエの何気ない問いかけが、俺の記憶の呼び水になろうとは思いもしなかった。
「少なくとも高2ぐらいまでは人並みに過ごしてたよ。その頃、母さんが交通事故で亡くなって……――あっ」
「ごめんなさい! 私……」
「そうじゃない。思い出したんだ。少しだけど、家族のこと」
俺が高校で軽音部のボーカルに立候補したのは、カラオケ好きな母さんの勧めだった。あとからギターも始めるつもりでバイト代を貯めてた矢先、母さんが亡くなってうやむやになったんだ。
「へ~。リュウの歌、私聴いてみたいな」
「やめとけって。単なる下手の横好きだぞ。すぐに部活辞めてそれっきりだしな」
とびきり陽気で家族の中心だった母さんがいなくなって、家の中は明かりが消えたようだった。
とくに大切な伴侶を失った親父は――今は言わないでおこう。これ以上シズエに気を遣わせたくはない。
「そうなんだ。なんだかもったいないね」
「俺にとってはもう終わったことだ。このまま記憶を全部取り戻して、過去をしっかり受け止めて、その先に進まなくちゃいけないと思ってるからな」
売り場ではたくさんの時計たちがそれぞれの時を刻んでいる。折り重なるかすかな針の音に囲まれていると、俺自身の時も確実に動き出しているような感覚を覚えた。
でも、それは俺だけじゃなかったんだ。
「そっか。私もリュウを見習わなきゃだね」
シズエの顔は俺ではなくレジの内側、カレンダーのかかった壁の方を向いていた。
「どうしたんだ? 急に殊勝なこと言うじゃないか」
「えーっ。私はいつも真面目ですけどー?」
シズエのおどけた態度の裏に思いもよらない決意があったことを、俺は間もなく知ることになる。




