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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第二章 ミントブルーの追憶

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第15話 ぶっちゃけましょ

 次から次へといなくなってしまった家族の中で、最後まで残っていてくれた妹。

 そんな大切な存在を、俺はいまだ思い出せずにいる。



  *



 51日目。世間の(こよみ)で言うと6月の半ばだ。

 カレンダーは日記帳についているからいいとして、時間を確認するのに腕時計があれば便利なのに、と俺は常々思っていた。


 合間を見ては腕時計の複製に挑戦していたものの、いまだ失敗続きだった。はっきりとした原因はわからない。スマホなんかに比べれば複雑な構造ではないはずなのだが。


「……今日もダメだな。集中が足りないのか」


 百貨店の時計売り場で俺がぼやいていると、横からシズエが声をかけてきた。


「あんまり気負わないほうがいいよ。私だって上手く複製できないものとかあるし」


「そうなのか? たとえばどんなのだ?」


 俺は何の気なしに聞き返した。シズエは目をしばたたかせ、口ごもりつつ答える。


「どんなっていうか……ローファー。死んだ時に履いてたから」


 シズエの引きつった笑顔を見て、俺は心が痛んだ。言われてみれば、シズエが履く靴はスニーカーやサンダルばかりだったことに気づく。


「そうか……悪い。嫌なこと思い出させたな」


 俺はシズエに謝りながら頭の隅で考えていた。俺が腕時計を複製できないのは、シズエと同じように、記憶の底に沈んだトラウマに原因があるんじゃないかと。

 そんな心の内を知ってか知らずか、


「ううん、平気。それよりやっとこっち見てくれたね」


 シズエの眉が3ミリ上がった。多分、今俺の眉は1ミリ下がってる。


「なんのことだ?」


「とぼけないでよー。リュウってば今朝からぜんぜん私のほう向いてくれないんだもん」


 夏の(よそお)いに身を飾ったシズエは、ショートパンツから伸びる生脚をこれみよがしにチラつかせている。俺が目の置き場に困っているのを楽しんでいるかのようだ。


「ガン見したらそれはそれで問題があるだろ」


「そんな極端なこと言ってないし。ずっと思ってたんだけど、リュウって意外と女の子慣れしてないよね? もしかして(どう)……」


「…………!」


「女子と付き合ったことないとか?」


 わざわざ言い直すんじゃない。余計みじめになるだろ。

 とはいえ、今さら見栄を張ってどうなるものでもない。


「まぁ、お察しのとおりだよ。高校も大学も、異性どころか人付き合い自体避けてきたからな」


「中学まではそうじゃなかったってこと?」


 シズエの何気ない問いかけが、俺の記憶の呼び水になろうとは思いもしなかった。


「少なくとも高2ぐらいまでは人並みに過ごしてたよ。その頃、母さんが交通事故で亡くなって……――あっ」


「ごめんなさい! 私……」


「そうじゃない。思い出したんだ。少しだけど、家族のこと」


 俺が高校で軽音部のボーカルに立候補したのは、カラオケ好きな母さんの勧めだった。あとからギターも始めるつもりでバイト代を貯めてた矢先、母さんが亡くなってうやむやになったんだ。


「へ~。リュウの歌、私聴いてみたいな」


「やめとけって。単なる下手の横好きだぞ。すぐに部活辞めてそれっきりだしな」


 とびきり陽気で家族の中心だった母さんがいなくなって、家の中は明かりが消えたようだった。

 とくに大切な伴侶を失った親父は――今は言わないでおこう。これ以上シズエに気を遣わせたくはない。


「そうなんだ。なんだかもったいないね」


「俺にとってはもう終わったことだ。このまま記憶を全部取り戻して、過去をしっかり受け止めて、その先に進まなくちゃいけないと思ってるからな」


 売り場ではたくさんの時計たちがそれぞれの時を刻んでいる。折り重なるかすかな針の音に囲まれていると、俺自身の時も確実に動き出しているような感覚を覚えた。


 でも、それは俺だけじゃなかったんだ。


「そっか。私もリュウを見習わなきゃだね」


 シズエの顔は俺ではなくレジの内側、カレンダーのかかった壁の方を向いていた。


「どうしたんだ? 急に殊勝なこと言うじゃないか」


「えーっ。私はいつも真面目ですけどー?」


 シズエのおどけた態度の裏に思いもよらない決意があったことを、俺は間もなく知ることになる。

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