第14話 一歩ずつ進みましょ
しばらく滞在した住み処を移る段になり、俺はシズエと話をしていた。
「リュウは引っ越しとか慣れてるほう?」
「どうだろう。大学も就職先も地元だったからな」
俺は自分の家族や家庭に関する記憶がない。
逆に言えば、家の外――仕事や学校生活については、比較的はっきりと覚えていた。
「そっかぁ。私もずっと△△県内だったけど、あちこち引っ越してたなぁ」
「△△なら研修で行ったことがあるな。もしかすると俺の地元と近いのかもしれない」
俺たちははっと顔を見合わせた。
「リュウが住んでた所、思い出せそうだね! 土地柄はどんな感じか覚えてる? 方言とか、名産品とか」
それからシズエの質問攻めで、俺の記憶はトントン拍子に呼び覚まされた。俺の死んだ場所が地元とは限らないにしても、足取りをたどる手がかりにはなりそうだ。
*
45日目。俺とシズエは閑静な住宅街を歩いていた。
青々と茂った庭木や、道端の紫陽花を見るにつけ、日々の過ぎ去っていく早さを思い知らされる。
「けっこう遠くまで来たよねー。私もう戻り方わかんなくなっちゃった」
「いいんじゃないか? 俺もまた坊さんと追いかけっこするのはこりごりだからな」
そう、引き返す必要などなかった。
俺は最初に目覚めたあの街のことを「忘れてしまった」わけではない。そもそも「訪れたことがなかった」可能性が高い。
なぜそう思うのか。先日のシズエとのやり取りがきっかけで、俺は生前住んでいた土地におおまかな見当がついていたからだ。
「そういえばリュウもずいぶん離れた所で目覚めたんだね」
シズエが言っているのは、俺たちが実際に死んだ場所と、霊として目覚めた場所との隔たりについてだろう。
「シズエもそうなのか? たしか十何年も経ってから霊になったんだよな」
「うん。気がついたらすごい遠くにいた。寝てる間に潮に乗って流されちゃったのかな」
「そんな馬鹿な。無意識のうちに自分の死んだ場所から離れようとしたんじゃないのか? 普通に考えて気分のいいもんじゃないだろうし」
我ながら的を射ている気がした。シズエも同意する。
「それはそうかも。でもリュウは戻るつもりなんだよね」
「とりあえず地元にはな。そのあとどうするかは思い出してから考える。焦らずに行くよ」
電車や新幹線で一気に向かうこともできた。でも、俺もシズエもそうは言い出さなかった。
「そだね。時間はたっぷりあるんだし、いっぱい寄り道していこ」
シズエがどう考えているかはわからない。
俺の気持ちは自分でわかっている。
記憶を取り戻したら、きっと今までの俺ではいられない。
シズエとも今までと同じ関係ではいられなくなる。
それが怖かった。
覚えず顔を逸らすと、塀の上からハチワレ猫がじっと俺たちを見つめていた。どちらかというとシズエのほうを気にする様子なのはいつものことだ。
「シズエは猫に好かれるよな。猫っぽいからか?」
「私のこと遠回しに可愛いって言ってる?」
「そうかもな」
俺はすげなく答える。仮に俺がシズエと同年代だったなら接し方も変わっていたのだろうけど、大人の男として節度は守っていたかった。
「意外とリュウも猫っぽいと思うよ。素直じゃないとことか」
シズエがどこまで本気で言っているのか、このときの俺はまだ計りかねていた。
あとから考えれば、少しは気持ちを見透かされていたんだろうな。振り返ってみると照れくさくて仕方がない。
「もしかしてシズエは俺の心が読めるのかな?」
「どうかなー。リュウが私のことで頭がいっぱいなのはわかるよ」
正解だ。俺は忘れてしまった過去を探すのと同じぐらい、シズエと一緒にいられる今を大切に思い始めていた。
だけど。
思い出せ。
忘れてはいけない。
俺の中に眠る誰かがそう警告していた。
それは、俺が「リュウ」になる前の俺。
『お前か……俺の妹を殺したのは……――!!』




