第13話 続・思い出してみましょ
シズエの助けもあって、俺は複製の技を身につけた。
もちろんそれがゴールでは決してない。俺の目的は記憶を取り戻すことであって、そのための手段を増やしただけなのだ。
「シズエ、ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」
「えー。おにぎりなら昨日も食べたでしょ」
「一回食い物から離れような?」
調査のため、俺はあらかじめ付箋やクリップ、ハサミなどの小物を複製しておく。
もっとも、俺の複製スピードはシズエに遠く及ばない。シズエなら一瞬で完成させてしまうところを、物によっては数分かかることさえザラだ。
「私も手伝おっか?」
「気持ちだけもらっとくよ。練習もしておきたいしな」
本音としてはもう一つ、シズエにばかり負担はかけたくないというのもある。また倒れるような無茶はしないと思うが、一日に使える心の力、霊力には限りがあるのだ。
仕組みが複雑な物、あるいは単純に大きな物ほど再現するのに多くの霊力を消費する。
極端な話、家をまるごと複製したりするのは不可能だ。仮にできたとして持ち運びの問題もつきまとう。霊能力といえども万能ではないのだ。
「……よし。待たせたな、シズエ」
複製の手応えとともにのしかかる疲労感は、教習所で初めて車を運転したときの感覚に似ている。じきに慣れていくだろう。
ピンクの日記帳とミントブルーのペンが入ったカバンのポケットに、俺はクリップ類をしまっておいた。
*
シズエとの旅を始めて34日目。
ここ数日はアパートの空き部屋に毛布を持ち込んで寝泊まりしていた。何をしているかというと、俺が死んだ時期の特定作業だ。
具体的には、近くの図書館で新聞や雑誌のバックナンバーを複製し、その当時の出来事や話題を調べていく。
「8月分は終わりだね。次こっち。まとめておいたから」
好奇心旺盛なシズエは自分でも記事を拾い読みしながら、調査に協力してくれている。
「助かるよ。さて、ここからは腰をすえて読むとするか」
俺が何気なく写真週刊誌をめくると、色っぽいグラビアページが目に飛び込んできた。
しかも、その瞬間をシズエにばっちり見られるというオマケ付きだ。
「あっ……私席を外しますんで、ごゆっくり」
「変な気遣いはやめろ! たまたま載ってただけだ!」
――といったハプニングはさておき。
去年の前半に起こった事件、芸能ゴシップ、話題になった映画などは俺もよく覚えていた。
だが、季節が秋へと差しかかるにつれ、記憶が曖昧になっていく。年末のニュースにいたっては、見たことも聞いたこともない出来事ばかりだった。
最終的に一つの仮説が導き出された。
「俺が死んだのは、去年の9月から10月あたりの可能性が高いな」
「私と会ったのが2か月前だから、リュウが霊として目覚めるのに半年ぐらいかかってるね」
シズエほどではないが、俺にも空白の期間が存在していたことがわかる。
たとえば現世に対する強い未練が、覚醒までの時間を早めたと考えるのは早計だろうか。
「……悪霊、か」
「えっ?」
「恨みとか憎しみとか、そういう感情が俺を目覚めさせたとして、悪霊呼ばわりされるのもうなずけるなって思っただけだ」
そのくせ肝心の内容は忘れているのだから、なんとも間の抜けた話だ。
シズエは俺をじっと見つめたあと、ぽつりと漏らした。
「なんか卑屈でヤダ。リュウらしくない」
「そう言われてもな……」
記憶喪失になることで、生前に犯した罪や責任から都合よく逃げてるだけなんじゃないか――そんな俺の内心を見透かされた気分だった。
シズエがしょんぼりとした顔をしているのは俺も嫌だ。たとえ過去から逃げたのだとしても、シズエの気持ちからは逃げたくない。
「シズエは俺を悪霊だと思うか?」
「思わない。もしリュウが誰かを憎んだり、罪を犯したんだとしたら、それはリュウの優しさが裏目に出ただけに決まってるから」
驚いた。口を開けば小言と説教ばかりの俺が優しいだって?
「シズエはずいぶんお人好しだな」
「信用できない?」
「そんなことはないが……」
「気づいてる? 最近リュウ、道でワンコとすれ違っても吠えられなくなってきてる」
言われてみればそんな気もするが、俺の邪気が薄れてきたせいだとでも言いたいのだろうか。
だとしたら、それはシズエのおかげだ。
「どこかの能天気と一緒に暮らしていたせいで、悪霊も浄化されてきたのかもな」
「そうそう。リュウは余裕で構えてたほうがカッコイイよ」
俺もそんなふうにシズエが笑顔でいてくれたほうが……可愛いと思う。
「リュウ、どうかした?」
「あ、えーと……秋ごろだったな。俺が死んだ時期ってのは」
「そういえばリュウの誕生日も秋だよね、10月26日」
記憶が定かならば、俺は入社3年目の24歳だ。つまりは誕生日を迎えずに死んだことになる。
おそらくはその近辺に、俺を死して悪霊へと変えた何かがあったのだ。
「楽観的かもしれないけど、その時が来れば自然と思い出せそうな気がする」
「じゃあそれまで私もリュウと一緒にいてあげるね」
「ああ、よろしく頼む」
とはいえ、俺もただ黙ってその日を待つつもりはなかった。
死んだ時期に関しては見当がついた。そうなれば、次に気になるのは死んだ場所だからだ。




