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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第12話 書き残しましょ

 俺は突き動かされるようにグローブジャングルへよじ登り、宙を泳ぐシズエの方へ手を伸ばした。


「シズエ、つかまれ!」


 おびえているように見えたシズエの顔が驚きへと変わり、さらに決心めいた色を帯びる。

 シズエは唇を固く結んで、俺の方へ目いっぱいに腕を伸ばす。


「もう……少しだ……!」


 柔らかくて、ひんやりとした手先が、俺の人差し指と中指をつかんだ。いける。俺は確信して慎重にシズエを引き寄せる。


 ゆっくりと近づいてきたシズエの両腕をつかまえて、そっと隣に座らせる。思わず大きなため息が俺の口から漏れ出た。


「まったく、本当に……今のは焦ったぞ」


 出るはずのない冷や汗をかいた気分だ。そんな俺をじっと見ていたシズエが、目を細めてクスクスと笑い出した。


「自然に降りてくるって言ったのに、リュウったらあんなに慌てちゃって」


「ん、ああ? たしかにそうは言ってたかもしれないが……」


 身体が勝手に動いたんだよ、文句あるか。俺が顔を逸らした隙に、シズエが腕にしがみついてきた。


「嬉しいなぁ。私のためにあんな必死になってくれて」


「おい、くっつきすぎだ! 第一あれはシズエのためじゃなくて……」


「じゃなくて、何?」


 俺がシズエと離ればなれになりたくなかったから――なんて言えるか!


「……忘れた。記憶喪失だ」


「えーっ、気になるなぁ。それよりリュウ、気づいてる?」


 シズエが指先でコツコツと、俺たちの乗ったグローブジャングルの金属パイプを鳴らす。

 そうだ。俺はどうやってここまで登って来た?


「たしかに……手でつかんで登って来れた」


 シズエを助けるのに夢中で意識していなかったが、これで俺も現世の物に干渉できることが明らかになった。


「この調子なら複製だってすぐにできるようになるよ」


 師匠からのお墨付きも俺の自信につながったのは確かだ。


 いつしか雨は止み、空には虹が出ていた。

 グローブジャングルの上で、シズエと肩を寄せ合い眺める景色は格別だった。



  *



 そして、2日後の現在に至るというわけだ。


「おめでとう、リュウ」


 本屋の文具コーナーにシズエの拍手が鳴り響いた。もちろん俺にしか聞こえない祝福のリズムだ。


「ありがとな。シズエのおかげだ」


 俺の複製物第一号となったミントブルーのボールペン。生前愛用していたものと同じデザインだけあって、指にもよくなじんでいる。


「素敵なペンだね。きっとリュウの思い入れが深かったから再現しやすかったんだよ」


「かもしれないな。家でもずっと使ってたし」


 そう答えながらも、俺は小さな引っかかりを感じていた。


 数あるカラーバリエーションの中で、なぜミントブルーなのだろう。

 俺が自分で買うとするなら、無難な黒やシルバーを選ぶはずだ。誰かからのもらい物だったのだろうか。


「リュウ、また固まってる。なうろーでぃんぐ?」


 目の前でシズエが手をひらひらさせている。俺は我に返り、


「そういえばシズエは筆記用具とか持ってないよな」


「一応あるのはあるよ。でもあんま使わないかも。幽霊が書いたものなんてどうせ残らないでしょ?」


 普段は明るいシズエだが、たまにこういう冷めたような、諦めたような態度をとることがある。

 そのたびに俺はモヤモヤして、つい言い返したくなってしまうのだ。


「それは生きてる人間だって同じだろ。いつかは消えてしまうってわかっていても、その場で残しておきたいものだってある。シズエとこうしてる今だって、すぐに過ぎ去ってしまうかもしれないけど、俺にとっては大切な瞬間だよ」


 ちょっとクサいことを口走ってしまったか。笑われるのを覚悟したけれど、そうはならなかった。

 シズエは目を伏せて、どこか遠慮がちに言うのだった。


「リュウは詩人だね。アーティストとか向いてるんじゃない?」


「褒め言葉と受け取っておくよ」


 素直には喜べない俺がいた。高校に上がったらギターを始めると決めていたのに、断念した過去が心にのしかかっていたから。


 そういえば何がきっかけで諦めたんだっけ……?


「そうだ。これリュウにあげる」


 シズエに渡されたのは、ピンクの表紙をしたハードカバー本――いや、これは日記帳か。


「いいのか?」


「可愛いでしょ。持ってるだけで使わないのももったいないと思って。これに思い出したこととかメモしておくといいよ」


「それもそうだな」


 シズエの言うとおり、俺はありがたく使わせてもらうことにした。

 日記帳のペンホルダーには、作ったばかりのボールペンがぴったりと収まった。


 白紙だったページにはこの日から俺たちに起こった出来事、そして俺のシズエへの想いが書きつづられていくことになる。

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