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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第11話 童心に返りましょ

 その日は突然訪れた。


 シズエと一緒に立ち寄った、書店の文具コーナーで、俺はそれを見つけた。

 生前に使っていたものと同じデザインのボールペン。

 重さも形も手触りもよく知っていたからこそ、再現できたのだろう。


「シズエ、見てみろよ! やったぞ!」


 俺は初めて物を複製することに成功した。

 そのコツをつかんだきっかけは、今から2日前のことだった。



  *



 22日目。俺がシズエと出会ってから3週間が過ぎていた。


 夕方になり、小雨が降り出していた。雨粒は俺たちの身体を通り抜けてアスファルトの上ではじけ、水たまりを作る。


「まだ慣れないな。この感覚」


 俺がつぶやくのを、シズエは()(げん)そうに見つめたあと、察したように口を開いた。


「いいと思うけど。傘要らなくて」


 それはそうなんだけどな、と俺は返しながら、同時に風情がないなとも感じていた。

 たしかに大雨も強風も、ついでに花粉の影響も受けずに済むのはありがたくはあったけれど。


 俺は何気なく歩道橋を渡ろうとして、階段の前で立ち止まるシズエに気づいた。


「行かないのか?」


「わざわざ上る必要なくない? 普通に道路渡ったほうが近いでしょ」


 言われてみればそうだ。

 シズエは俺を置いて車道を堂々と横切っていく。見ていてちょっとヒヤヒヤするが、自動車やトラックは当然のようにシズエをすり抜けるし、シズエもそれを気にする様子はない。


 どうやら俺にはまだ霊としての自覚が足りないらしい。俺も思いきって道路を横断し、シズエに追いついた。


「やっぱ俺って生前の感覚にまだまだ縛られてるよな。いまだに複製が上手くできないのはそういうとこかも」


「んー……でも、生きてた頃の感覚は大事だと思うよ。むしろそれを頼りに私は複製してるようなとこあるし」


 あちらを立てればこちらが立たず。どうにも加減の難しい問題だ。

 悩める初心者に先輩が示してくれたのは、意外な道筋だった。


「一応ね、複製しなくても物に直接触る方法はあるんだけど」


 思わせぶりに背を向けるシズエを追って、俺は歩道脇の生け垣の向こうへと踏み入った。




 やって来たのは、シーソーやブランコ、すべり台などが置かれたいわゆる児童公園だ。

 敷地の一角にあるグローブジャングル――球形の回転ジャングルジム――が俺の目を引いた。近ごろは安全面への配慮から撤去されるケースも多いと聞く。


「懐かしいな。俺も子どもの頃よく遊んだよ」


 小学校の友だちとわいわい遊んだ記憶がよみがえる。

 いや、中学に上がってからも誰かを連れてきたことがあったような――。


「そっか。私も好きだったんだよね、この丸いやつ」


 シズエの指先が、塗装の剥げかけた金属枠を愛おしむように撫でた。その瞬間、遊具が数センチ回ったのを俺は目撃する。


「触った……のか……!?」


 幽霊が現世の物に干渉するなんて、まさにポルターガイストではないか。雨で周りに人がいなかったのは幸いだった。


 しかし、唯一のギャラリーである俺のリアクションは、図らずもシズエを調子づかせてしまったようで。


「すごいでしょ。久しぶりだから集中しないとアレだけ……ど――」


 グローブジャングルがひときわ大きく回転する。同時にシズエの両足が地面を離れ、宙に浮いていた。


「おい、何が起こった!?」


「加減……間違えたみたい……落ち着けば、すぐ降りられるから……」


 言葉とは裏腹に、シズエの表情には明らかな焦りがうかがえた。その間にもシズエの身体はみるみる上へ上へと舞い上がっていく。


 直観的に俺は理解した。

 俺たち霊に対して働いている擬似重力を、シズエは水平方向に使うことで遊具を動かしたのだ。

 ところが、それによって垂直方向への力が弱まり、シズエ自身を空中へと投げ出してしまった。


「……リュウ!」


 シズエはすでに俺の身長を越えて浮き上がり、ますます上昇の速度を早めていた。

 ガウチョパンツの裾から伸びた細い足首が、俺の手の届かぬ高さにまで遠ざかりつつある。


 待ってくれ。

 こんなところで俺はシズエを失いたくはない。

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