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しんじゆうしましょ -俺とシズエの364日-  作者: 真野魚尾
第一章 ネモフィラの咲く季節に

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第10話 夜ふかししましょ

 ビュッフェ会場から引き上げた俺たちは、そのままホテルの上の階へ移動する。

 適当な空き部屋に忍び込み、海沿いの景色を眺めながらおしゃべりしている間に、日は暮れていった。


 部屋の照明が使えないので、俺たちは持ってきたポータブルライトを点けて過ごす。複製物の発する音や光は生きている人間には感じ取れないし、見つかる心配はしなくていい。


 シズエとカードゲームや将棋で遊んでいるうちに、夜もとっぷりと深まっていた。


「もう10時半か。そろそろ寝る時間だな」


 生きていた頃は深夜まで動画やら配信を観まくっていた俺が、死んでからすっかり健康的な生活に変わったのは皮肉というべきか。


「えー。せっかく旅行に来たんだし、少しぐらい夜ふかししようよ」


 シズエはベッドに寝転がって駄々をこねた。

 並べ置かれた隣のベッドに、俺は腰を下ろしたまま思案する。


「夜ふかしって言っても、とくにすることもないしなぁ……」


 幽霊にはネットもつなげないし、テレビも見られない。他人の部屋に侵入すれば可能かもしれないが、それはさすがに人としての一線を越えている気がする。


 なんとも言いがたい沈黙が俺たちの間を通り過ぎたあと。

 不意にシズエが口を開いた。


「リュウって私に迫ってこないよね」


「……どういう意味だ?」


 からかうにも限度ってものがあるだろう――俺は意を決してシズエに目を向けるも、視線が交わることはなかった。

 シズエは寝た姿勢のまま両膝を抱え、天井を見つめていた。


「一緒に旅するってなったときから、ちょっとは覚悟してたっていうか。男の人と二人で過ごすんだし、そういうことぐらいあるのかもって」


 責めるつもりはない。シズエが男の俺を警戒するのは当然だし、心に予防線を張るのだって仕方のないことだと思う。

 それはそれとして、俺ははっきりさせておきたかった。


「あんまり自分を軽く見積もるなよ。俺にとってシズエはいいかげんに扱っていい相手じゃないんだからな」


 ここにいるのは一組の男女だけど、それ以上に「俺」と「シズエ」なんだってこと。


 シズエはすぐに返事をするでもなく、ベッドの上で横向きに転がった。かと思えば、ふと起き上がって、うつむき加減にボソボソとつぶやきだす。


「私は……リュウが……我慢してないか、気になって……」


 俺はシズエの言わんとしていることを察した。気まずい。でも、ここであやふやにして逃げるのは誠実じゃない。


「心配しなくても……大丈夫だ。適当に、その……アレだから」


 ダメだった。シズエのほうをまともに見られない。勘弁してくれ。

 ちらりとシズエの反応をうかがうと、口もとを両手で覆い目を泳がせていた。シズエもこんな表情をすることがあるんだと、意外に思う。


「じゃあ、俺は向かいの部屋で寝るから。また明日――」


「待って」


 シズエはベッドを降りて近づいてきたかと思うと、俺の両手を取る。


「どうしたんだ? 急に」


「おまじない」


 よくわからないが、こうして俺に触れてくれるということは、少なくともキモがられてはいないはずだ。

 シズエは俺とは目を合わせず、微笑みを浮かべて。


「朝8時に部屋の外で待ち合わせね」


「ああ……それじゃ、おやすみ」


 俺はシズエに言い残して部屋を移った。


 だけど、まいったな。


 両手に残ったシズエの体温と、鼻先に漂う甘い残り香が、すぐには俺を寝かせてはくれなかった。

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