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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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 別れ道だ。幽霊だと断定してアイキを殺し、カンネイや村の人々を助けるか。それらを見捨ててカベージの発言が妄言だといい、アイキをとるか。どちらをも助けるのは困難だ。


「アケビさん、どうぞ私を、そしてカンネイを助けてください」


 アイキが両手を広げて胸を張る。


「そんな、僕は貴女を助けに来たんだ」

「そんなことを言っている場合ですか。救える命があるならば一人の命より、複数人の命を選ぶべきです」


 それはその通りなのだけども。


「どうしてそんなに即決できるんですか?」


 さっき後退りしたのは明らかに逃げようとした傾向だったのは、パージを通して理解した。あの怖気は本当だ。なのに今は自分の身を差し出している。単にカンネイや無関係な無辜の民を思っての行動にも思えるが、どこか後ろ暗く聞こえてしまう。


「私一人の命で多くの命が救えるのなら、私は差し出す人間なだけです。それ以外に理由が必要ですか?」


 アイキの答えは高貴な答えに聞こえる。他の反応を確かめるためカベージを一瞥するも、欠伸をしていた。彼は僕が決断するまで話す気はないようだ。それにどちらを選ぼうと、どうでもいいような態度にも見える。


「お前は奪うべきだ。奪われる人間になるな」


 うるさい。僕は奪わないし、奪われない。まてよ、奪われる? 滑稽だが、幻聴との会話で閃いてしまった。


 カベージは僕に幽霊を殺させようとしている。それは僕の身体を幽霊に乗っ取らせようとしているってことじゃないか。


 アイキが幽霊かどうかを判断するにはアイキに人を殺させるか、第三者が殺すしかない。仮にアイキが幽霊だったとして、僕に乗り移れば、執行者の体を乗っ取ることができる。僕の身体能力の高さをさっき知った幽霊は、この窮地を抜け出せる方法を思いついたのだ。カベージはそれを知ってか知らぬか、提案している。


 閃いたところで僕は窮地に立たされていた。どちらにせよアイキを殺すかカンネイを殺すかだ。こんな選択は不条理極まりない。僕は不条理を正す立場なのに、どうして毎回こうなる。どうして不条理が立ちはだかってくるんだ。


 アイキの背後の隧道の闇が、闇の底のようで、暗闇が胃を撫で回してじっとりと汗ばむ。


「さあ、早く!」


 口調がころころと変わるアイキが催促してくる。それが僕の考えが正しいと証明している。目の前にいるのは不正者だ。


「カベージさん」

「なんや? 決めたか?」

「幽霊を自殺させることは試しましたか?」


 僕の質問にカベージは大きくため息を吐いた。失望が籠っているようなため息だった。


「不正者に死んでください言うて、死ぬと思うんか?」

「思いません。でも、貴方はそういう非合法なことを生業としているんでしょう」


 拷問とか、ギリギリに死なない方法とか。カベージはなんとなくだが、それらに精通していると思うのだ。


「ガキの浅知恵やな。誤って殺したらより面倒なことになるやろ。今はお前が殺すか、殺さへんかや。次質問してみ、運動してから答えたるわ」


 もう待ってくれる気はないようだ。それに塀の外側でも、住民達が騒がしくし始めている。この抜け道も、そろそろ安全ではなくなるだろう。やるしかない。僕はアイキに一歩寄る。


「どうするの? 刺しちゃうの?」


 どうにもできない。刺すしかない。


「また成り行き任せだ。少しは自分で考えれば?」


 選択肢がない。これしかない。


「明日って悪いところで思い込み激しいよね。もっと楽しくいこうよ」


 未来が楽観的なだけだ。僕は現実を見るのが得意なんだ。


「それって逃げてるだけじゃないの?」


 いつか言われた遺恨が残る言葉だ。未来が背中を向けて夕陽に溶けていくのが思い出せる。彼女の影が伸びて、俯く僕の影を侵食していっていた。


 彼女が振り向いた。存在した記憶なのか、存在しなかった記憶なのかは定かではない。


「今の明日は、立ち向かえる力があるじゃない。どうして自分の力を信じないの? 不条理なんて打ち消しちゃいなよ」


 ただ、未来の口元が無邪気に笑っていたのは見えた。


 目の前にはアイキが両手を広げて立っている。彼女の目は嬉々としていて、これから誰かの代わりに死ぬ者の目とは思えない。本当のアイキは、深い底で眠りについている。この不条理が終わるのを、暗闇で一人待っている。そんな気がした。


「僕は……一度手を差し伸べることに決めているんだ」


 きょとんとした表情でアイキは固まった。


「そのお芝居をやめて、スキルを天に返す気はない?」

「……なにを?」

「アイキさんの身体を返す気はない?」

「返す? 私がアイキですよ。それよりも、早くしないと、そこの男も殺されてしまいますよ」


 ディーオンのようにはいかないらしい。やはりこの世界に残る理由を取り除かないと、そう簡単には提案を受け入れないのだ。だったら、やるしかない。


「わかった。お前が幽霊かどうかは知らない。ただ、自己紹介を改めてしておくよ」


 アイキは小首を傾げた。僕の視界が縮まっていく。周りの音も消えていき、僕と幽霊だけがこの場に取り残された感覚に陥る。


「僕は大地明日。不条理を受け付けない執行者だ」


 僕の言葉の意味を理解するため、幽霊の反応は遅れたように見えた。手を握って彼女の手の甲にナイフを突き刺した。


 表皮を突き破り、肉に食い込む感触。ブラディを刺した時と同じ感触だ。血管から噴き出た血が動いているのまでナイフを通してありありと感じる。


「ぎぃやああああ!」


 目を見開きながら幽霊は絶叫した。悶絶して逃げ出そうとする身体を、地面に押し付けて馬乗りになる。


「やっぱり痛いんだ」


 手の甲を刺されたにしては過剰な反応をみせる幽霊。パージとは取り除くって意味だ。ずっと不思議だった。ゾンビを殺せたこと、ドラゴンに多大なダメージを与えられたことが、あれは不条理の存在だったからだ。パージは不条理を取り除くスキルなのだ。そして不条理に抗えるスキルなのだ。確証はない。僕が思い込んでいるだけ。でもそうなのだと、ようやく決心した。


「なんだっ! なんだこれ!」

「痛すぎる?」


 呼吸を乱して脂汗を垂れ流す幽霊の耳元で囁く。


「お前にだけこの痛みを与え続ける。けどアイキさんの身体は致命傷にはしない。この意味がわかる?」


 ナイフを捻じると、獣の鳴き声のような叫び声をあげて、身体を動かし僕の重さから逃れようとする。だが、パージの前には非力だった。


「お、お前、このままだと俺は死ぬぞ。結果は変わらない!」

「言ったでしょ、僕は不条理を受け付けない。君が死んでも、君は僕を乗っ取れないよ。……じゃあどうなるんだろうね」


 幽霊の顔から段々と血の気が引いていく。パージの痛みが説得力になっているに違いない。


「待て、分からないんだ! 一度乗っ取った身体を返したことがないんだ! 頼む、助けてくれ!」


 幽霊はアイキの声で必死に嘆願してくる。これが幽霊の本当の話し方なのだろう。


「どうしてこんな国の現状にしたの?」

「へ?」

「どうして?」


 ただただ純粋な疑問だった。なぜこの国はここまで荒んだのかを知りたかった。


「そ、それは、ちょっと間違っただけで、高い山から落ちた小石が止まらないようによ、行き着くとこまで行っただけなんだよ。こんなことになるとは思っていなかった」


 この数週間の呂樹を巡ってきた情景は、まだ思い出せる。そんな簡単な言葉で済まさられぬ、人の死が最も感じられる荒んだ現状だ。それはこの幽霊が引き起こした人災であり、自覚しながらも対処せずに、のうのうと過ごしてきた者の言葉。髪の毛が立つ気配がした。


「人から散々奪ってきて、いざ自分が奪われる時になったら、分からない、で済ませるの?」

「それって逃げてるだけじゃないの?」


 その無責任が、楽観主義が、どれだけの哀しみを生んだのだろう。どれほどの人が耐え忍び、声を上げずに消えていったのだろうか。


「や、やめろ、この女もだが、お前ら馬鹿はそうやってすぐ排他的になる! 一人の王を殺したところで首がすげ変わるだけだぞ! 国は、社会は全体でできているんだ。俺を殺したところで何も変わらない!」


 きんきんとした声で叫ぶのは本音だからだ。


「なにも変わらないなら、問題ないよね」


 これは僕の言葉だったか、本当に僕の口から出た声だったかは、ナイフを引き抜いた時の、半狂乱した幽霊の叫び声で判別がつかなくなった。


 幽霊は、全体主義が知能の低下の表れだ、とか、主義に従う低知能が悪で、統治者はなにも悪くはない、とか、血相を変えて妄言を吐き始めた。もしかしたら、悲鳴だったかもしれない。どちらにせよ聞くに堪えないのは変わらなかった。


「お前は人から奪いすぎた」


 ナイフを力強く振り下ろし親指の付け根を突き刺すと、なぜか幽霊の口から、バケツをひっくり返した程の血が吹きこぼれた。


 血と一緒に、何かが飛び出し自然と目で追った。血溜まりの中にピンク色の塊がある。どの臓器にも似ていなく、丸い肉の塊にしか見えないソレは躍動して、血溜まりの飛沫を飛び散らせていた。


 なんだろうかと考えていると、次第に動きが鈍くなっていき、ちぬ? と枯れた声のような音を漏らして、本当の肉塊になってしまった。


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