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僕はそれを見届けてると、大きく息を吐いた。深呼吸をすると鉄の臭いが鼻腔に侵入してきて、視界が広がっていく。終わったのだ。
そこでようやく、アイキがとんでもない出血をしていることに気がついて、慌ててアイキの手からナイフを抜いて止血作業を始める。大量の吐血と、失血のせいかアイキの顔はより蒼白い。しかし、短いが呼吸はしており、胸も小さく動いていた。まだ生きてはいる。
「うっわ、ほんまにやるやん。おいブス、どうや?」
「乗り移った形跡はないですう。あの雌豚は開発長が言っていた人物なのかもしれませえん」
「おいおいアケビちゃん、や、名前で呼んだらな可哀想やろ。それともブタ呼びの方がブタはええんか? 番号つけるで? お前が二番な」
「い、いやですう。ごめんなさいごめんなさい。アケビ、アケビと呼びますう」
「お前ほんまダルいな。まあええわ、ほな、アケビちゃん。ちょっと僕らと一緒に来てもらおか」
安堵し、一息ついたところで次の危機がやってくる。
「さっきの、その人、ブタさん? が持っていた回復薬をください」
「誰がブタじゃボケェ! 私の名前はエママじゃ!」
「あ、ごめんなさい……」
エママに激怒され、緊張感よりも申し訳なさが勝ってしまい謝罪してしまった。そんな光景を眺めつつカベージは手を叩いて喜んだ。
「オモロ、座布団一枚あげたなるわ」
「座布団よりも薬をください! アイキさんが出血多量で死んじゃいます!」
「死ねば?」
微笑を浮かべながら言うカベージに、僕は唖然としてしまう。
「いやだって、その女が死ぬのと僕らになんの関係があるん?」
「アイキさんを幽霊から救ったんですよ? 約束じゃないですか!」
「あーそれな、努力はしたけど及ばずやったわ。そもそも、僕ら益のないことするの主義に反するねんな。アイキを刺したんはアケビちゃんやし、自分でなんとかしてもらわんと。まあ、黙って抵抗せずに着いてきたら渡してあげてもかまへんけどな」
最初からそのつもりだったのか。カンネイを治療してみせたのも、こうなる結果を予測していたからか、カベージは思案顔を作りながら言う。本当にこの人にはつくづく腹が立つ。
「今度こそ本当ですよね?」
「渡した瞬間に抵抗せえへんかったら、の話やけどね」
それでも従うしか救う方法がない。他に活路を見出せない自分の矮小差も嫌になってくる。
「明日さーん!」
迷っていると聞き馴染みのある声がした。どこからだ? と見渡す。声が反響していないから隧道ではない。外の喧騒に混じっているが、透き通っているように聞こえた気もする。
「明日さーん! 上ですー!」
声が示した澄んだ青空に視線を向けると、青空を背景に影が見えた。影は三日月の反りを頭にして、その下に三日月の端を掴んでいる人影がぶらさがっていた。あれはパラグライダーのシルエットに似ている。そんなことを思っていると、影が旋回して僕達の方へと降りてきた。
「明日さーん!」
日に当たる方向を向いた時に、紫色の布を掴んだ布一枚しか着ていないハルちんと、その身体にしがみついているラジエルがはっきりと見えた。
二人は通路へと降り立つと、ラジエルは反動で顔面から転け、ハルちんは態勢をほとんど崩さずに、カベージ達の後ろへ着地した。
「ラジエル!」
逃げ出す際になんらかの方法で消されたラジエルが、五体満足で生きていることに心底安堵する。ハルちんに任せてよかった。
「お? なんじゃお主、変態趣味の教団員ではないか。また明日にちょっかいかけとるのか?」
「露出趣味のやつに言われとうない」
「ははーん。さてはぬし、わしの恵体に照れておるのじゃな?」
「ぬかせ、ジジイで欲情するか」
布面積が肌の露出に負けているハルちんが前屈みにポーズをとるも、カベージは舌を出して吐き捨てた。
「お主、目だけは良いの……でじゃ、どういう状況じゃ? とりあえず、わしの可愛い弟子を痛めつけたお礼はしたほうがええんかの?」
カベージとハルちんから殺気などは感じられない。エママだけが露骨に殺気をハルちんへと放っている。一触即発の雰囲気であることは僕でも理解できた。
「前のようにはいかへんで? 怪我しいひんうちが華や」
「ま、お主が本気でやるというのならば、素手では腕一本怪我するかの。素手ではの」
二人の間に火花が走っている幻覚が見えてもおかしくない。僕では介入できない、上の次元の闘いが幕をあげようとしている。その時はエママに襲いかかって、無理矢理にでも薬を奪い取ろう。
「……おいブタ、薬渡したれ」
「え? よろしいんです?」
「命令きけへんの? それともその耳は飾りなん?」
怒りを飲み込んだカベージの圧に、エママは姿勢を正して返事をし、渋い顔で僕へと薬の入った瓶を放り投げきた。
それを受け取り、蓋を開けてアイキの口に入れる。僅かながらも嚥下すると、荒かった呼吸が正常に戻っていき、蒼白だった顔面にも徐々に血の気が戻りはじめた。効能がよく分からないけど、これで一旦は大丈夫だろう。
アイキを持ち上げて、警戒しながらカベージの横を通り過ぎる。アイキをラジエルに任せてから、カンネイの胴体を両肩に乗せて担いだ。その間も、カベージ達から剣呑な目つきで睨まれるだけで、ハルちん達と合流できた。
「今は見逃したるが、呂樹でたら覚えとけよ」
カベージの口から三下が使う言葉を聞き、緊張感が抜けているせいで吹き出しそうになった。本当に言う人いるんだ、と感心もしてしまう。
「それはわしが呂樹のギルドの会長じゃと知っての発言かの?」
「こけおどしやな。呂樹でたらギルドの会長やめなあかんやろ。それとも執行者を辞めるんか?」
「ほう、そこまで知っておるのか」
「あんま教会舐めんなや、クソジジイ」
どうやらギャグではなく大真面目で、僕達を執拗に付け狙ってくるようだ。たしかに、この後どうやって教会から逃げればいいのだろうか。ギルドの庇護があったからこそ、教会は軋轢を恐れ手を出してこなかった。これでまた旅に出ると、すぐに追いつかれるだろう。また選択肢が奪われて、足元が抜けていく気がした。
その時、外の声が一斉に騒ぎ出した。なんだあれ、やら、魔物じゃ、と騒ぎ立てている。そして一番耳に残ったのは、龍だ、という声だった。
「キュオオオオン!」
甲高いが腹の底に響き、身の毛をよだたせる鳴き声が、一帯に響き渡った。大きい影が僕達の上を通り過ぎ、遅れて風が砂利を巻き上げて襲いかかってくる。
影は僕達の背後に二足歩行で降り立った。鋭い鉤爪を持った後ろ脚で立ち、胴回りは油が反射しているかのように七色に光る鱗で埋め尽くされ、前脚の爪を鳴らしている。長く伸びた首の先にはワニとトカゲが合わさったような顔に蒼白い角がちょこりと生えていた。その生物の名前はドラゴン。ただしファフニールより二回りは体躯が小さかった。
「焼き払うか、明日」
冷たい声がドラゴンの背中から聞こえてきた。僕はこの声を知っている。信用に値する仲間の声だ。だから胸を張って答える。
「ううん、今は移動したい」
「そうか、じゃあ乗れ」
ドラゴンの背中から身体を覗かせたディーオンが、こちらに手を伸ばした。その手を掴み、僕達はドラゴンの背に乗り、呂樹の空へと飛び立った。




