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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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 青龍刀を持って駆け出したカンネイは獣のようだった。高く長い体躯が半分に折り曲げられた前傾姿勢になり、駆けてゆく。あと数歩で青龍刀の間合いに入るところで、表情を動かさないカベージが右手を前に出した。


 カベージの右手、教会のケープの袖から槍が出現し、薙ぎ払う動作をすると、穂と柄の間にある金属部がカンネイのこめかみに直撃した。


 猪突猛進していたカンネイの身体が右へと逸れて、勢いを殺さずに顔面から壁に激突する。糸がぷつりと切れた人形のように関節が曲がったカンネイは起き上がる気配はない。


 カベージが顎で女性教会員になにかの指示をすると、女性教会員は袋を捨ててカンネイへ近づいた。手にはいつ取り出したのか小瓶を持っており、小瓶の蓋を空けて粘着質な液体を垂らして、カンネイの口へと注いだ。力が無かったカンネイの指が動いた。


「安心せい。こっちの袋はただの荷物や。それにこいつは啓示きとらんし、まだ生かしといたる。まあそれもアケビちゃん次第やけど」


 背筋の産毛が立った。他人にちゃん付けで呼ばれるのが大の苦手であることを久々に実感した。


 カベージは僕に言うことを聞かないと人質達を殺すと脅しをかけてきている。だったら後回しにしてきたことを素直に謝罪するしかない。まだ隧道から追手が来る気配も、この近辺を衛兵が駆け回る声もしない。


「シークさんのことは、謝罪します」

「うん。謝って」

「僕の都合でシークさんを巻き込んでしまい、ごめんなさい」


 深く頭を下げる。事故だったとしても、シークさんは僕のせいで死んだ。こうして謝罪をしただけで拭えない罪が胸の内にべっとりと張り付いている。


「ええよ。うん。人は死ぬし、シークも覚悟決めて行動してた訳やしな。しゃーないしゃーない。頭上げ」


 軽い口調で許されて、釈然としないまま頭を上げた。カベージの口元はニタニタと伸びていて、どこからともなくでていた槍は頭を下げている内に消えていた。


「アケビちゃんってさ、執行者やねんて?」


 答えていいものか迷ったが、素直にならないといけない気がして顎を軽く引いた。


「ほな、不正者を殺すために存在してるってことやな。いやー、ほなら僕らお仲間やな。僕らも不正者殺すの生業としてるんよ」

「粛清者……」

「おっ、知っとる? 有名人やな。でな、アケビちゃんに一人殺してほしい不正者がおんねん。こいつがまた厄介でな、ほんま小賢しいスキル持っとって、手に余してんねん」

「僕がその不正者をどうにかすれば、村の人やカンネイには手を出さないんですね?」

「努力はしたる」


 カベージは莞爾と笑った。あまりにも嘘に満ちている笑いだ。


「絶対に手を出さないって約束してください」

「だから努力するって言うてるやん? 自分、どの立場か解ってる? 後ろ下がったら落ちるから、ビビって勇ましく前へ突っかかってくるんやろうけど、大人しくしておいたほうが足場は崩れへんねん、で!」


 また槍が出現して石柄の部分がカンネイの腹部に直撃する。カンネイは少し跳躍する肉体てきな反応を起こすだけで、呻き声一つ漏らさない。とても深く気絶しているのだろう。


「わかった」

「それ目上の人からものを受ける態度なん? 教養ないんやったらしゃーないけど、青痣増えるよ」


 こいつの、と言わんばかりに石柄でカンネイ後頭部を突くカベージ。やはり僕はこの男が人として嫌いだ。


「わかりました」

「うん。ええお返事や。えらいえらい」


 今にも頭を撫でてきそうな笑顔でカベージは言った。不快な怖気がとまらない。


「それで、どんな不正者なんですか?」

「それ」

「……?」


 槍を持っていない手で僕を指した。揶揄っているのかと思ったが、よく見ると、方向が僕から逸れている。正しくは僕の後ろを指していた。首だけで背後を向くと、困り顔のアイキと目が合った。


「冗談ですよね?」


 すぐに視線をカベージに戻す。アイキが不正者など冗談だ。それかカベージが僕に対して嫌がらせを行なっているに違いない。


「んー、まあ説明はしたるか。いやな、正確にはコウサイが不正者やったんやけども、アケビちゃんも見た通り死んでもうたやん?」


 コウサイが不正者? 次々に開示される情報に頭がついていかない。


「あー、もしかして不正者の簡単な見分け方知らへんの?」

「し、知らない」

「いけずしてもええけど、面倒やから言うわ。人殺させんねん」


 眉間に皺が寄っていくのがわかる。この人達は目的のためなら倫理観など度外視するのだ。だから嫌悪している。


「この国では不幸な出来事では死なへん。強盗は起こるけど、致死まではいかへんねん」

「嘘だ、だったら呂樹の荒廃は説明がつかない」


 人の不幸で死なないのなら、呂樹の荒廃はあり得ない。あれが不幸でないとしたらなんだと言うのだ。


「ただ天命宿ってたスキルは別。不正者のスキルやったり、天命が宿ったスキルやったら、この地で人殺しは可能やねん。せやから、スキルを持ったものが国政なりに関わって動かしたら、国政にスキルが付与されてこの地の恩恵が消えるんや。この呂樹が荒廃してんのは、国政に不正者が噛んでるからや。つまり、国政を動かしてるやつが不正者やっちゅうことやな。どや? 信じてくれたか?」

「嘘よ!」


 僕よりも先に、声を荒げて叫んだのはアイキだった。


「信じちゃ駄目。教会は狡猾な手段を使う相手よ。人質をとりながら説明している奴の言葉なんて信じちゃ駄目」


 蔑んだ目でカベージを睨みつけながらアイキが訴えてくる。アイキの言い分は尤もなのだけど、なぜか心の奥底に言葉が響かない。


「話が逸れて急にしゃしゃりでてくるあたり、怪しまれると思わへんのか? まだ説明の途中や、黙ってろやカス」

「聞く耳持たないで!」

「黙らへんと、お前の大事なカンネイ? が痛い目あうで?」


 槍でカンネイを突く動作にアイキは唇を噛み締めた。


「ほな話の続きな。教会も不正者の情報を掴んでんねん。その一人が『幽霊』や」

「幽霊?」

「昔からおるし、名前が分からんやつもおる。せやし分かりやすい二つ名や。ほんで幽霊はある条件で人に取り憑く、ちゅうか人格を乗っとるスキルを持っとるんや。せやからコウサイは数年前から幽霊に取り憑かれとったんやけど、なんの因果か知らへんけど取り憑く条件を満たしてしもたんやろうな」


 パージが勝手にアイキへ背中を向けるのをやめる。僕の背中は左壁へ向き、カベージもアイキも捉えられるように身体が位置を合わせた。それは警戒心の表れなのは一目瞭然だった。


「どうして、そんなことが分かるんですか?」


 喉を鳴らしてからカベージに問いかける。


「そらずっと監視してたからな。幽霊も、アケビちゃんも」


 けろりと言うものだから、どこまで本気かは分からない。でもさっきから笑みは胡散臭いが、嘘をついている気はしないのだ。荒唐無稽な話なのに、妙に頷けてしまう。


「もう察しがついてると思うけど、幽霊がスキルを発動する条件は殺された時や。コウサイを毒殺したアイキは、現在幽霊になっとる」


 カベージが穂先で指し示す。全員の視線がアイキへと注視される。ふ、とアイキの口元が緩んだ。


「阿保らし」


 心底人を見下した物言いだった。冷たく嘲笑する人間の言い方だ。


「幽霊? 人を殺したら取り憑く? あー阿保らしい。教会員は危ない薬物でもやってはるん? それともそんな妄想を人様に教化させるのが、教義なん?」


 女性教会員が動ことしたところを、カベージの拳が鋭く女性教会員の腹部にめり込んだ。おっ、と声をあげて膝砕けになって女性教会員はしゃがんでしまう。


「自分さあ、長年コウサイに取り憑いてたせいでキャラ抜けきってへんで。三流役者でももうちょい役に成りきろうとするわ」


 アイキの表情が固まった。僕は表情で言いたいことを見抜くことはできないが、しまった、と語っているように見えた。


「このカンネイっちゅうガキは気づいてたんちゃうんか? お前に向ける視線めっちゃ訝しんどったで。アケビちゃんみたいな能天気は騙せても、昔からの知り合いは騙せへんかったみたいやな」


 アイキは一歩後ろへ後ずさる。砂利を踏む音が、幽霊であると肯首しているかのようだ。


 本当にアイキが不正者なのか? その考えも、カベージが柏手をしたことで割れてしまう。


「さて本題やアケビちゃん。自分は執行者、そこにおんのは不正者。やること分かるよな? やる言うたもんな? ま、やらんでもええけど、選びいな。こいつらか、そいつ。どっち殺す?」


 肌が粟立った。カベージがまるで日常生活のなかの選択のように言い切ったせいじゃない。僕がまた、人を殺すしかない別れ道に立っていると気づいてしまったからだ。


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