057
隧道の先からは眩い光が差し込んでいて、通り抜けると優しい白いカーテンが頭にかかったようだった。
昼過ぎの日差しは暗闇からでた眼には優しくはなかった。目の奥を刺すような光に、額に皺をつりつつ、足元の砂利を踏み締め視線を左右に這わす。道中見た変哲のない白壁が隧道と同じ幅で両脇にあった。壁の奥には建物の屋根だけが見える。家と家の間にある秘密の細道なのだろう。
そんなまっすぐ伸びた道には、人が二人いた。一人は片側の壁に凭れた男、一人は通路の真ん中で布袋を持つ女。
「よお、遅かったやん」
長身で面長、顔の長さに比例したように細い目。しみひとつない肌は女性的だが、彼は男だ。名前はカベージ。教会の幹部で、僕へ報復をしにきた男。カベージは僕達が姿を現すと、壁から背を離して対面した。もう一人の女性教会員は、敵意を眼に宿らせながらカベージの後ろで微動だにしない。なぜ、ここにこの二人が? 頭の中で疑問が湧く。
「そら情報提供者がいたからやろ」
え、と口から声が溢れていた。僕が知らぬ間に疑問を口にしたのかとさえ思った。カベージはそんな僕の様子を見てほくそ笑んだ。
「自慢やないけど、表情だけで会話できんねん。ほら、口聞けへん状態の奴を仰山作ってきたやん? せやからそうゆうのが身につくねんな」
カベージは女性教会員が持っている白を基調とした底が赤黒い色の布袋をひったくって、こちらへと投げた。ごとん、と重く固い音で地面に落ち、同時にじゅくりと水音が湧きでてくる。布の色がより赤黒くなっていく。それが不吉な色だというのは、この世界に来てありありと知っていた。
「これは……」
なにも理解していなさそうなアイキが布袋へと手を伸ばすのが横目に見えた。
「駄目だ!」
僕は咄嗟にその腕を掴んで、彼女を引っ張り、無理矢理背後へと移動させた。アイキから手を離すと、カンネイがすかさず僕の前へ出てくる。
カンネイの横顔は険しい面持ちだった。そんな様子をカベージはニヤニヤと笑っている。僕達の反応を楽しんでいるのが不快だった。
カンネイが膝を折って、布袋の結び目を開いた。案外あっさりと結び目は解け、中が露わになる。首が二つ。人間の首が無造作に二つ入っていた。それが誰の首かを理解した時、腹の底から憎悪が溢れ、喉奥を焼いた。
「ケイサイ、チュウタツ」
答えを口にしたカンネイの声は悲嘆に暮れているようにも、激昂しているようにも聞こえた。
「よおみてみ、片方は片目瞑って上向いとる。もう片方は歯を剥き出しにして上唇が上がっとる。一つ一つは何の価値もあらへんけど、合わせると凶相や。こらあ、お前らええことないな」
ケイサイの顔は口を横一文字にして、片目を瞑って、痛みに耐えているようだ。反対にチュウタツの顔はこの世のありとあらゆる怨恨を叫んでいるようでもある。
「ケイサイ、チュウタツ」
もう一度呟いたカンネイの声と背中は震えていた。
どうして、こんなことができる。憤りでナイフの柄が手の中でより輪郭を増す。
「この国の人間が国外に出たらどうなるか知ってるか?」
カベージは面倒くさそうに後頭部をかいて訊ねてくる。どうやら、本当に顔を見て会話ができるようだ。
「ある者はそのまま外に出られる。またある者は出た瞬間に死ぬねん。なんでか分かるか?」
問いかけに答える者はいなかった。そんな余裕は持ち合わせていない。
「つまらんなあ、ブタ、答ええや」
「既に寿命が尽きているからですう」
「はい、おもんない模範解答をどうも。この国の二割の人間は存在しない寿命に支えられてるんや。つまり普通であればどっかの時点で死んでんねん。せやのに外の人間の寿命吸ってのうのうと死体が歩いてたら気味悪いやろ。そんなん生物界の倫理に反しとるし、神様が認めるとも思えへんわな」
この地に根付いた天命によって、不幸を被らずに寿命が全うされる。天命の恩恵だとハルちんが説明していたのを思い出す。
言い分は認める。この国の在り方が間違っているのは、そう思う。そのためにここにいるわけだし、不正者を取り除くことで、負の連鎖を終わらせることができる。だからこそ、カベージのやり口が納得できない。
「そいつらも、動く死体や」
カベージが道端のゴミを指すように、細長い顎先を二人の首に向けた。
「せやから驚かんでええし、悲しまんでええねんで、元からとっくの昔に死んでんねんから。むしろ気色悪いのを退治したことに感謝してほしいわ」
カンネイの脹脛の筋肉が引き締まる。声をかけても止まらないだろうし、なんと声をかければいいものかも思いつかない。意気地のない僕を無視するかのように、カンネイはのっそりと立ち上がった。
「やり返すんだよ。言い返すんだよ」
耳にかかる髪の毛がその言葉で揺れた気がする。もしかしたら隧道から流れ出る風かもしれないが、判然とはしなかった。
ガリッと固いなにかが欠けるような音がした。その音がカンネイの歯が割れた音なのは、口から血を流して顔を歪ませているカンネイの顔を見て分かった。
カンネイはまだ耐えている。ハルちんから修行を受けたとしても、到底カベージには勝てないのを知っている。僕の身体が感情任せに前へ出ていかないのも、パージが確実に勝つ見込みがないと判断しているからだ。でも、お互いに感情が爆発するのが臨界点寸前なのは、顔面の熱さと赤さが指標だった。
「陸にいるタコさんって辛抱強いんやな。墨吐いて逃げてもええんやで?」
そんな煽りかどうかも分からない言葉では挑発されない。耐えろ。堪えろ。冷静になれ。じゃなきゃやられる。そう頭の中で繰り返す。
「やり返しなよ。あの時の膝蹴り」
今度は明確に耳元で女子に囁かれる。アイキの声ではない。逆に、この声が僕を落ち着かせてくれた。
この二人の狙いは僕だ。アイキをカンネイに任せて、なんとか二人の間を通り抜けられるか。そう考えていると、カベージの口がまた動く。
「リンギョク、チョウビやったっけ?」
名前を聞いて数週間前に会った顔を思い出す。二人の顔から下は思い出せなかった。女性教会員が、もうひとつ小さい布袋を持ち出していた。
「あれらも動く死体やったかな」
「やり返すべきなんだよ」
女子の声が背中を押している気がした。しかし、先に動いたのはカンネイの方だった。
「意気地なし」
その音はカンネイが残した勢いの風圧だったかもしれない。




