第十一章②
創造と高揚が呼吸をするたびに頭と胸を行き来する。宮中が怒号や喧騒に溢れていても、別の世界に没頭するピンインには聞こえてすらいない。幾人もの衛兵とすれ違いながら、自ずと足は自身のアトリエへと向かっていた。
ピンインのつける仮面はいわば顔認証そのものだった。宮中で仮面をつけて廊下を歩けるのは、ただ一人であるため、様々な噂を持つピンインの存在を知らぬ者は宮中にはいない。従って、誰にも咎められることもなく、声さえも掛けられず、アトリエまで到着することができた。
宮の西外れに与えられたピンインのアトリエには、六畳間を埋め尽くす大量の創作物で溢れかえっていた。ピンインが持つアトリエの中でも一番片付いておらず、足を入れる隙間がないほどだ。そのような有様でも足元を見ず、入り口から反対側の壁に接着されている机まで辿り着けるのは、部屋の主人だからでもある。
ピンインは興奮した面持ちで、製作机の上に花火玉を置いた。元の姿に戻そうと、手をかざそうとしたところで、逡巡する。暴れられても困るな。
ピンインのスキルは魔力を持つ生物を爆発物に変える、である。本来は魔力が通る血管を導線にし、臓器を火薬に見立てて爆ぜさせるだけのスキルなのだが、それだけではつまらない、とピンインは己のスキルに創作性を見出した。爆発物に変える、の部分が受け渡した天使でさえも説明が曖昧だったため、そこを自身の思考の範囲内で変化させることができると汲み取ったのは、ピンインの狂気でもあり、才能でもあった。そうした創作の渇望から、大量の生物での試行錯誤の結果、この花火玉に変容させるに至ったのだ。
花火玉に変容させられた生物は意識がある。肉体を花火玉に縮小しているだけなので、小さいながらも意識はあるのだ。ゆえに、元に戻すとぼんやりとはしているが、次第に焦点を合わせ回っていない呂律で会話をし始める。大抵は、どうしてこんなことをする、など、怒りや嘆きのち、喚き逃走を計る。そうなっては生半可な痛めつけでは止まらぬので、どこかを大きく負傷させなければならなくなる。それは素材を破壊することになり、創作物に手を加えたことになってしまう。そこが悩みの種であり、まな板の上の魚状態にしておいたほうが良いのでは、とピンインの手を止めさせたのだ。
だが止められない。創作意欲が湧いてくる。このまま覆い被さって意欲のままに我が身、精神を投げ出したい。理性など創作の前では無力で、感情と自我だけをぶつけるのが、一番気持ちが良い。一歩引いたところで見ているのは、鑑賞会だけでいいのである。胸の内から湧き上がる情動は衝動へと化けていく。
元に戻して、抵抗したら動かなくしてしまえばいい。ここにある石膏の中にいる者達と同様に。前屈みになった腰で花火玉にピンインは手を伸ばした。
「まさかこんなところにおるとはの。しかし、なんじゃ、きちゃない部屋じゃのお」
突然の甘たるい声に、手は机の上にあった切り出しナイフを掴んでいた。
「ここは部外者立ち入り禁止ですよ」
冷静を保ちながらピンインは袖の下にナイフを隠して振り向く。まとめあげた黒髪に、どこか物憂げな目を持つ少女。目鼻立ちが整った少女は地味な紫色の礼服を着て、部屋の中を見回していた。宮中の者ではないのは服装を見れば理解できたが、今は、今だけは誰にも邪魔されたくなかった。
「衛兵を呼びます」
「衛兵はわしを見たが、咎めもせんかったぞ?」
少女のきょとんと首を傾げる仕草に、なぜか腹立たしい気持ちが湧いてくる。創作を邪魔されているからであるだろうが、そこはかとなく別の鬱陶しさがあった。
「なにをおっしゃっているのですか?」
「お主かなり集中しておったのか、わしが半歩後ろに歩いていることさえ気がつかなかったのかの?」
「そんな、馬鹿な」
頬が上がって嘲笑が溢れるが、ここに来るまでの景色を思い出すことはなかった。まず宮中に無相応の者がいれば、すれ違った衛兵が声をかけてくるはずである。そうだ、そのはずだ。この少女は馬鹿にしているのだ。邪魔をして馬鹿にして無駄に時間を浪費させている。とてつもなく邪悪な行いだ。それは咎めるだけでは許されない。時間を奪った行為は時間を奪わなければならない。そうでないと補填された気にならないのが、ピンインの狂った物事の考え方の一つであった。
ただし少女ハルジノーネは嘘を言っていない。ハルジノーネは衛兵に姿を見られている。しかし、あまりにもピンインの半歩後ろを歩いているために、不審者ではなく同行者だと勘違いされたのだ。宮中でのピンインの立ち振る舞いと、衛兵達の物事の優先順位が噛み合った結果とも言える。
「冗談に付き合っている暇はないんです」
「ま、冗談でも良いわ。どちらでも良いことじゃからの」
少女の馬鹿にした言いようにピンインの吹きこぼれそうな衝動が、怒りを織り交ぜて沸騰しそうになる。なぜこうも癪に障るのだろうか。ピンインは胸の内を煮やしながら、少女に疑問を持った。
「貴女何者ですか?」
「主も儒学者のようなことを訊くんじゃな。なんじゃ? 理由がないと生きられんのか最近の若い者わ」
「答えになっていません」
「わしが何者じゃろうて、答えたとしてお主にはなんの意味があるのじゃ? ありのままのことじゃろう。お主の味方に見えるのかの?」
それはその通りであるし、興味を持ったから望む答えが返ってくると思うのも傲慢であるな、とも納得させられる。そしてピンインの頭の中で、この少女がギルドの会長だということがようやく合致した。
「お主は物作りが好きなのか?」
答えを自ら見つけたことに達成感のようなものを覚えていると、また部屋を散見しつつハルジノーネは問うた。ピンインは肩をすくめる。
「ええ、このとおり」
「わしもそういうのは好きじゃな」
「ほう」
「じゃが、そういうのは好かんの」
ハルジノーネはピンインを指差した。正確にはピンインの背後にある花火玉である。やはり、小癪な女だ。胸郭にある我慢している全てが吹きこぼれそうな気配がする。
「それは、お主が死んだら戻るのかの?」
「さあ、どうでしょう。死んだことがありませんので」
「むう……戻す気はないのかの?」
「ありませんよ。ありえません」
「そうか…………眩い花火じゃったろ?」
先刻の花火を指していることは明確だったので、仮面の中で眉がひくりと動いた。
「貴女が?」
「そうじゃ、わしがすり替えておいたのじゃ。汚っちゃない花火をあげるのは目に悪いからの。わしの花火のほうが綺麗じゃし」
もうその言葉でピンインは吹きこぼれた鍋の蓋のように飛び出していた。手元にあるナイフで刺し殺し、肉体を爆ぜさせる。そこに芸術はいらない。ただ破壊あるのみ。感情が目の前の小癪なモノを破壊せよと鞭打っている。
ハルジノーネの左手が石膏に伸びて接触し、右手の掌がピンインへと向けられた。右手の掌から石の槍頭が作り出されていき、見る見るうちに形になって鋭利な石槍が出現した。
避ける動作は足元の作品達に足を取られてできなかった。ピンインの身体が前のめりになるのを織り込み済みかのように、ハルジノーネは槍の柄を押し込んだ。
感情が爆発したピンインは避けられず、額から後頭部にかけて槍の穂先を受け入れて、あ、と言うと絶命してしまった。
「わしは執行者じゃし、お主は不正者じゃ。説明しても無駄じゃろ?」
床に倒れ伏したピンインは血の池で痙攣している。胸の上に置かれた掌も陸に上がった魚のようだった。
ハルジノーネは玉になったままのラジエルの前まで移動して手にした。その瞬間にアトリエは轟音を鳴らして爆発した。
後に、花火玉から人が生まれたことと、裸の天女が少女を背負って空を飛んだという噂が呂樹内で囁かれることになるのだが、真意は定かではない。




