第十一章
灰仮面であるピンインは気が狂っていた。とくにそれが顕著にでるのは創作意欲を掻き立てられた時である。第一妃の前で欠伸をした女中が斬首の刑に処された時だった。刑に判を押したピンインは責任者としてその場におり、てんてんと跳ねる女中の頭を見て、人民の頭部を蹴鞠にして遊ぶ宮中の人間と、人民がそれを叩頭しながら次の頭になる順番を待っている絵を思いつき、あまりにも凡作過ぎる思いつきに、これでは足らん! と奇声じみた声をあげ女中の頭を屋根の上まで蹴り上げた。
ピンインの行動に周りの反応は気味悪がる者もいたし、やり過ぎだと陰口を囁く者もいた。また、刑法に実直な姿勢をみせていると持て囃す者もいたのも事実である。その話を聞いた第一妃も、宮の規律を正す頭角者だと嘯くものだから、ピンインは宮の中でも多数の意味で目を置かれる存在になっていた。
ピンインは計算づくの行動をすることもあり、直属の上司部下からは人情派と認識され、それ以外の人間からは概ね疎まれるか、畏怖された。当の本人は自分の激情が物事を動かしているなどとは理解しておらず、全て緻密な計算で物事が大事に動いていると自負していた。
ピンインの創作意欲はここ一ヶ月低下の一途を辿っていた。夫婦花火を思いついたのは良いものの、その真骨頂でもある、互いに支え合う幸せな夫婦が少ない。不平不満、貧富貧相、虚偽為政、均衡のとれた夫婦が今、この国にはいないのだ。目新しいことのない宮中を出て、呂樹内を散策するも、意思を失った箱庭の住民からは新たな発想を得られなかった。外まで脚を伸ばす理由もなく、下腹部を怒張させる物事を見つけられず、困っていた。
一縷の光でも掴みたかったが、それもなく結納の日がやってきた。国に仕える花火師でもあるピンインは、納得はいっていないが、納期に間に合わせるために、自身のスキルで花火玉にした物を使用することに渋々決定した。
沈んだ気持ちで結納の場を訪れたピンインは、中庭の池の奥の空に現れるであろう不完全の花火達に思いを馳せるように空を眺めた。そこで、ふと目を引くものがあった。襤褸の頭巾で頭を隠しているが、頭巾の隙間から色鮮やかな銀髪が光った。焦点をそれに向けると、自身の過去作達の聖母や天使達が、克明に蘇ってくる。最も際立つのは、貝の上に立つ女神であった。血流が下腹部へと循環していく。それが創作意欲なのは経験上誰よりもピンインは理解していた。
欲しい。書きたい。描きたい。鳴らしたい。いいや打ち上げたい。爆ぜさせたい。全てだ。かの素材で何もかもを成し遂げたい。何もかもを作品にしたい。髪の毛一本から、足の爪先まで分割してでも作品に仕上げたい。乾き始めた目の奥では、それらの思考が巡らされ、鼓の音が鳴っても我に帰ることはなかった。鼓の音が鳴って前を向き、叩頭したのは肉体の条件反射である。ピンインの頭の中は創作に溢れていた。
結局ピンインは結納の儀を茫然と過ごしていた。かの女神をどうやって手中に収めるかを思案もしなかった。ピンインの中では、もう手中にあるもののであったからだ。外から来た旅芸者ならば、如何様にも難癖をつけて捕えることができるのだ。国主が存在している限り、それは容易く行われる日常である。であるからして、どのような作品に至るのかだけを考え続けていた。
いつの間にか他の官吏がコウサイの前に集まりだしていることに気がついたピンインは、作品の妄想をしながら立ち上がった。
国主コウサイは芸術に寛容である。宗教的な規制も、政治的な規制も過分にない。ここ最近はギルドを締め付けるために規制を強くしているが、ピンインには最も甘く、コウサイ自身を揶揄する風刺を作らなければ自由にさせていた。ピンインもこれに敬意を表し、コウサイ好みと自身の好みを掛け合わせた創作をもする。夫婦花火もコウサイとピンインが共に喜べる代物であった。
しかし、打ち上げられたのはただの眩い光。昼の空にも映える色味の強い赤と青の花火ではなかった。
「ち、違う。なんだあれは?! 私の作品ではない?!」
ピンインの頭の中では、銀髪の女神が白い光の奥で手を招いていた。それはこれまで作ってきた作品でもなかったし、これから作る作品とも思えなかった。ピンインは衝動で硬直してしまった。
すばしっこい鼠が部屋を駆け巡り、牛蛙は泡を吹き倒れ、鼠がインコを連れ去った。女神が袖触り合って白い玉を投げている。頭の中でしたためた唄で、再び女神を視界に入れたピンインは目標物へと向かって動き出す。
「えっ、なに」
怯む女神の頭部を掴むとスキルを発動させた。
「明日さ!」
大切な者の名前を呼びながら女神は腕と脚から折り畳まれて、花火玉と化す。その態度がまたピンインを一つ狂わせた。
番いになっているのか? この場にいるのか? 問いたださなければ、そうして理想の作品を仕上げなければならない。これは、使命だ。
玉を懐に入れて、混乱極める部屋からピンインは退出すると、甘ったるくも、なぜか凛と通る声がした。どうしてか、その声の主が追ってきそうだとピンインは予想できたが、創作の世界へ没入することで予想は消え失せた。




