056
螺旋状の階段は四周くらいした後に、底へ辿り着いた。底からは真っ直ぐに隧道となっていて、寒いくらいの風が進むべき闇道から吹きつけてくる。
「この先は朱楼門を抜けた先に繋がっています」
手燭の火を揺らしながら、アイキは話し始めた。朱楼門とは、おそらく第三の門の名称だろう。ここは国主だけが使える緊急時の避難隧道ってところか。
「あの、僕達」
「助けに来てくれたんでっしゃろ? あんさんの腕で目覚めた時にわかったよ」
「えっと、そうなんですけど、一応誘拐犯ですよ?」
「うち、殺されるところやったやん? それを庇ってくれたあんさんを疑うほうがどうかしてるわ」
ケラケラとアイキは笑う、意外と豪胆な性格をしているようだ。まあカンネイと喧嘩するくらいの気の強さらしいから、その性格を維持したままで良かった。
カンネイは話に入ってくる気配がない。隧道は並んで歩くには狭く、後ろにいるカンネイの表情は見えなかった。
「あの、アイキさん、本当にこのまま逃げてもいいんですか?」
「それは、このまま誘拐されたふりして逃げれば、国主殺しの疑いをかけられるって事でええの?」
「は、はい」
誘拐だけで済めば良かったのだが、コウサイが毒殺されたことによって、今、姿を消せば毒殺犯の犯人に仕立て上げられるのだ。それは今後の生活にかなりの支障をきたすだろう。陽の元での生活はまず無理だ。
「ええよ、だって事実やもの」
「事実?」
「そう。うちが国主を毒殺したんよ」
「えっ」
背後のカンネイも疑問符が宿る一文字大きく吐いた。
「そら、まさか助けに来てくれはるなんて思わしまへんかったさかいに、箸先にちょちょいと付けさせてもらいました」
「な、なんでそんな事を?」
「なんでって……あの男が居なくなれば、この国は変わると思った、から。それにあの男と一晩共にするくらいなら、殺すほうがマシやおもてね。もちろん、このあとうちも死ぬ予定やったんやけども」
くすりとアイキが笑う。ここ、笑うところなのか? どうも掴みにくい人だ。
コウサイを殺したことで、この国が良い方向に向かうのだろうか。腐敗は中枢全てに広がったからこそ、民衆にまでもが侵されたのではないのか。
「他国の現状を憂いているなんて、明日ってほんとお人好しで暇なんだね」
手燭の火が大きく揺れて風が耳元で吹きつけた。汗ばんだ身体が少し冷えてきたのを実感しつつ、気を取り直して話を戻すことにする。
「死ぬって、そんな」
「ふふ、もうそんな気はさらさらないよ。だってあんさんが助け出してくれたんやから。あ、そういえばお名前は?」
「明日……」
「アケビね、苦甘い名前やね」
どういう意味かはさっぱりわからないし、褒められている気はしなかった。
「うちはアイキ。後ろの兵士さんは……カンネイ、やよね?」
「……ああ」
幼馴染の感動の再会なのに、状況が逼迫しているせいで淡白な会話になってしまった。間に挟まれている身としては非常に気まずい。ここは空気を入れ替えよう。
「そ、そういえば、カンネイはどうしてあの部屋の前にいたの?」
問いかけても背中からは声が返ってこなかった。不思議に思い、首だけで振り返り訊ねることにした。
「カンネイ?」
「あ? なんだ?」
「いや、なんだって……どうしてあの部屋の前にいたの?」
「変装して仮面男を追ってたら、侵入者が戻ってきたって騒いでる奴がいたからよ、一際騒がしい方へ移動してたらあの部屋まで来たんだよ」
カンネイは僕に目を合わせることなくぶっきらぼうに答える。なにやら話しかけるなオーラが出ているのは、まだ作戦中で集中しろと言われている気がしてならない。数刻前に僕がカンネイに注意したことが返ってきた気分だ。
しかし、この妙な沈黙が居心地が悪いし、まだ知りたいことがあったので、再び僕はアイキに訊ねることにした。
「アイキさんはこの通路のことよく知っていましたね」
「そら、一応妾の一人やしね。こういう時のために教えてくれるんよあの男わ。本棚の前に蒐集品置いてあったやろ? あれ、すぐ持ち出せるようにやねんて、うちも持ち物やから、そうやって持ち出せるように準備してはったんとちゃうやろか」
返答に困る回答が返ってきて、余計に気まずい空気になってしまった。
「アケビはんは、なしてうちを助けに? 呂樹の方ではないでっしゃろ?」
「えっと……僕が強いから?」
隧道に吹く風がやけに聞こえた。不正者のことを話せる訳もないし、成り行きで、なんて言ってしまえば失礼である。だから一番正確なことを言っただけだ。
「ぷっ、なんやそれ、面白いわ」
アイキの肩が上下に揺れる。これでちょっとは空気を和ませられただろうか。そう自問しても答えはいいえを突きつけている。
「あ、見えてきたんちゃいますか」
アイキが弾んだ声で顎を上げた。ゆるい坂になった隧道の先に、小さな白い光が見えている。さて、出てからどうやって逃げようかな。




