055
目の前の衛兵から、槍の一撃が突き出される。伸びる間合いを見極めて止まり、今度は穂先を下へと叩きつける。中くらいの槍だったので、努力不足だったのか反動が恐ろしく強かったのか、衛兵は腕を下ろしてしまった。その槍を右へと蹴ると、身体の軸がぶれた衛兵は右にいる衛兵へと槍を向けてしまう。大きく左へと逸れる道ができて前傾姿勢で出発する。
衛兵の横を抜ける時、ようやく衛兵は槍を手放して青龍刀を腰から抜いた。僕は側にあった小柄の死体の首根っこを持ちながらも、ナイフを衛兵の喉首目掛けて投げつけた。
衛兵はナイフを弾く動作をとったが、ナイフは刀に当たる前に空中で消えて、僕の手元に戻ってくる。パージが制御化から消える弱点はあるものの、一瞬なので問題はない。人二人分の重さで転けそうになった身体は、それを力に変えて移動速度を増した。
楼閣の上から鉉が軋む音がやたらに耳に入ってくる。もう限界だと言わんばかりだ。僕等はその射線上に躍り出た。瞬間、絶頂を極めた矢が一斉に放たれる。
持っていた死体を盾にすると、矢が幾つも肉に突き刺さった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。謝罪の言葉を心で唱えつつもその場で回転しながら、楼閣上にいる第二射組へと死体を投げつけた。
第二射の準備を終えていた人間は、内臓物を飛び散らしなら飛んでくる死体を避けて斉射が遅れた。その隙に腕が悲鳴をあげているを構わず、僕は回転の勢いを利用して、障子を突き破り左側の建物の中に飛び込んだ。
「どっち!」
「あちら!」
楼閣から身体を隠せる建物に入ったが、追手はまだいる。視線を機敏に動かしながら訊ねると、朱のネイルが施された指が更に左奥を指し示し、また駆ける。そろそろ息が上がってきたが、これまた気にはしていられない。
適宜飛んでくるアイキの指示で、廊下を軋ませながら僕は移動する。廊下から見える建物の雰囲気からして、どんどん中央へと戻っている気がしてならない。
コウサイの居室だと言ったから、真ん中にあるのが定石かもしれないが、獣の巣に深く入り込んでいるので、大丈夫かと気持ちを焦らされる。
ただ、行く道には女中や官吏が多く、短く声をあげて道を空けてくれた。衛兵は多分、外を固めているのだろう。そりゃあ一度逃げた人間が戻ってくるなんて思いもしないよね。
「次の角を曲がれば居室が見えてきます!」
指示通り内廊下の角を曲がると、廊下には衛兵が一人立っていた。そいつはこちらをゆっくりと向く。門前にいた衛兵と同じ殺気を孕んだ目だ。衛兵は静かな動作で青龍刀を抜いて、腰を据えた。
「ちょっと降りて」
背後から足音はしないが、ところどころ騒がしい。目の前の一人を制圧するだけならば、降ろしていても問題ない。僕の声でアイキは首に巻いていた腕を離し、床に降りた。
本当にやるのか。廊下は大人が二人半通れる隙間、青龍刀を充分振り回せる。だから避けることが難しい。潜り抜けて、制圧できるか? パージが勝手に判断して殺傷してしまうんじゃないか。目の前にいるのは不正者ではないぞ。仕事に忠実な人間だ。そんな葛藤が頭を一周する前に、相手が一歩こちらへ踏み込んだ。
床を踏む音ではなく、鈍い音がして、衛兵が前に倒れ伏した。衛兵が立っていた背後には、同じ姿をした長身の男が青龍刀を持って立っていた。
「カンネイ?」
兵装をしていても、ここ数日見慣れた体格である。間違いなくカンネイだ。名を呼ぶと、カンネイは黄色い歯を見せた。
「危なかったな」
「ありがとう、助かったよ」
見知った顔に小さく息をつく。対面する者から敵意に晒されすぎていたので、そうではないことがありがたく感じた。
「どこへ行った!」
「あっちへ行きました!」
廊下の奥からそんな声がして、足音が慌ただしく近づいてくる。アイキが小走りに寄ってきて、白目を剥いて倒れている衛兵の腰を探り、鍵束を取り出した。鍵束から一つの鍵を選び、扉に差し込んだ。
「さ、早よ、そこの男も一緒に」
アイキは扉を開けると、有無を言わさず僕たちに指示を飛ばす。僕と、何か言いたそうなカンネイは黙って従うことにした。衛兵も引きずって中に入れると、アイキは内から鍵を閉めた。
部屋の中は窓が締め切られていて薄暗い。そう感じるのは、部屋の大きさが平屋の一軒家ほどあるせいだ。隅々まで見渡そうとすると、影を見つめることになる。入り口から近い左側の壁には本棚があり、近くには銅像や彫像や絵画が無造作に置かれている。右側はテーブルや椅子、腰掛けがあってテーブルには果物が豪華な食器の上に置かれていた。奥は襖があって別の部屋につづいているようだ。
アイキは本棚へと寄って、一冊の本を本棚の奥へと押し込んだ。なにかが嵌る軽い音がした。
「この本棚一緒に引いてもろても?」
僕とカンネイは顔を合わせて頷く。本棚の端を持って引くと、弧を描きながら本棚は動いた。本棚を動かした隙間から、湿った空気が吹き付けてきて、僕は眉を顰めた。ほぼ闇だが、石の階段が暗闇へと下に続いている。これは抜け道だ。
「はよ、あ、でも閉めるのを忘れたらあかんえ」
アイキが本棚を抜けた先に掛けてあった手燭を取りながら言う。これにも時間のない僕達は従うしかなかった。本棚の裏側に取っ手がついていたので、それを掴み引いて閉めると、完全な暗闇になった。
どこからともなく火が灯される。階段は螺旋状になっていて、覗いても底は闇のままであった。覗いていると、外の声が耳に入ってきた。
「どこへ!」
「まさかコウサイ様のお部屋に?!」
「ここの兵は!」
「先に行ったのを追ったのでは?!」
どうやら僕達を見失って混乱しているようだ。部屋に入ってきても、この隠し道に気づくことは少ない気がする。
「さ」
小さく前進を促したアイキが持つ火が静かに進んでいく。それを頼りに僕達は後を追った。




