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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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 一日半歩くと、大きな石造りの壁が見えてきた。その壁はこれまで通ってきた街の壁より堅牢に見える。これまでは壁の高さが均等でなかったり、崩れていたりもした。しかし、呂樹の壁にはそういう粗がない。


 整えられた道幅が大きくなるにつれて、人の密集度が上がっていく。検問所まで長い列になっていて、しばらくこの熱気が肌に張り付くのだと思うと、暑さが増した。


 検問所もこれまで見てきた街とは違い、四つに分かれていた。それだけ人の出入りが盛んで、尚且つ厳しい目で見られるのだろう。たまに家財道具を持った人達が、この世の終わりのような顔をして道を戻っていくときがあったが、僕達にはどうすることもできなかった。


「証明書を」


 喧騒のなか、僕達の順番がやってきて、隊列の順番で証明書を提示していき、僕の番が回ってきた。緊張を身体にださないよう努めて証明書を渡す。検問所の小屋中にいる兵士は、受け取ると手元にある資料に目を通し、にこりともしない目線を僕へと戻した。


「なんのようだ?」

「商売です。ぼ……私達、芸者なので」


 との身分になっているので、嘘偽りなく通す。兵士はふうん、と僕を眺める。偽りがばれたかと、心臓が高鳴ったが、兵士は何事もなく証明書を返してきた。


「次」


 ホッと一息をついて、証明書を持ち、今度は荷物検査をされている場所へ向かおうとすると、突然肩を掴まれた。驚きながら振り向くと、そこには黒い瞳が二つあった。身体を引いて全体像を掴もうとしたら、背中を誰かにぶつけてしまう。


「痛いなあボクぅ、ちゃんと前見いひんとあかんやろ」


 背中側にはさっきの訛りの強い教会員がいて、目の前には瞳孔が開き切っているツインテールの女性がいた。この女性も教会員の着るケープのような服を着ているから、教会員なのだろう。


「あけっ!」


 先に証明書を提示し終えていたカンネイが、異変に気がついて叫ぼうとしたら、別の団体がなだれ込むようにやっきた。おかげで商隊とは壁になり僕達を隔ててしまう。この場には僕と教会員の二人だけが強調された空間が出来上がった。


「くっさいにおいが服についたかもしれへんから、弁償してもらわんとな。ちょっと来てもらおか」

「いやですぶっ!」


 振り向きざまの返答と共に、脇腹に激痛が走る。男の膝がまともに入って、倒れ込みそうになるところを、女性が僕の肩を掴んで支えた。しかし、これは慈悲ではない。女性の支える握力は尋常ではなく、爪が肉に食い込んでいる。慈悲ではないもっと攻撃的な感情だ。そんな痛みに悶えながら、瞬きをしない女性を睨んだ。


「ほら、またにおいついたわ。こらあかん、人殺しのにおいや、不浄やわっ」

「かっ!」


 鳩尾に男の拳がめり込む。空気が吸えなくて、恨み言を言いたくても言葉がでない。これで確信した。やっぱりこの二人はシークさんを殺したことを咎めにきたのだ。


「お? 一発でのされへんのか、根性あるやん。ご褒美や」

「あっぐうぅっ」


 鳩尾の中の拳を捻られて、横隔膜が動く。胃液が込み上げてくるも歯を食いしばって耐えた。


「ええ根性しとるやんけ、楽しみがいがあるってもんやな」


 訛りのある男が楽しそうに口を歪めて言うと、肩の肉に立った爪が、より深く突き刺さっていく。


 僕がこんな仕打ちをされているのに周りの誰もが視線一つ向けないことに、異様差を感じた。全員が背中が正面かのようにしているのだ。


「助けを求めてもあかんで、みんな他人のことになんか興味ないねんから。興味ない人様に迷惑かけたらあかんわな」


 髪の毛を掴まれて、頭を持ち上げられる。男の細長い目が弓のようにしなっている。しかし微塵も人を喜ばせる笑顔だとは思えない。この男の目は、他人を傷つけて愉しむ奴らの目だ。


「うちの大切な信徒が一人丸焼けになってんて。ほんでなにやら自分と同じ姿をした人間と行動しとったんやって、自分、なんか知らん?」


 男が頬を優しく叩いて問いかけてくる。答えなければ次はここを打つぞという合図だ。謝罪するべきだ、釈明するべきだ、そう分かっていても、突然の暴力に反骨心が湧いていた。


「耳垢詰まっとるんかな? 取ったるわ」


 男が手を横へ広げた。


「おんしら、なにをしとるのかの?」


 甘ったるい声が正面から聞こえてきた。男と女が声のした方向に首を移動させたので、僕も滲んだ視界で視線を動かした。


 僕の前には黒髪をポニーテールにした女性が立っていた。年齢はかなり若く見える。


「なんやガキ、このガキのお友達か?」

「いいや知らぬ。しかし、気色悪いことを往来でやっとるから訊ねただけじゃ」


 女性の言葉で、男は僕から手を離し、身体を女性に向けた。女性は小柄で細く、体躯は高い男と向き合うと二頭身は差があることがわかる。危ない、と声を出したいのに、まだ呼吸が疎かで喘ぐしかない。


「僕な、殴られへんと思っとるブスとガキ躾けるのが趣味やねん」

「ええ趣味しとるの、頭にクロスでも刺さっとるんか?」


 女性は上目に男を見据えて、自身の頭を指で叩く。男の表情は見えないが、教会を揶揄されて内心穏やかではないはずだ。この男はいとも容易く暴力を行使する危険な男。女性の身が危ない。


「阿保で弱者はすぐ強い言葉吐きよる。臆病やねんな、大きい声で自分が思いつく罵倒して威嚇しとるつもりやねん。なっ!」


 男が女性の顔面に平手打ちをしようとした。が、次の瞬間、男は横に一回転して、尻から地面に倒れた。女性はいつのまにか男の腕を持っており、倒れたのを見届けてから離した。


「おぬしの歪んだ教育論に興味は微塵もないが、痛みが教育になるのは正しいの。ほら、立てるかの?」


 手を差し出して男を立たそうとしたとき、男からとても嫌な雰囲気がでていることに気づいた。あれはディーオンが敵と認識した者に出す雰囲気だ。


 男は腕を動かした。そうしてそのまま、手を取ることなく立ち上がる。


「やめやめ。老人痛めつける趣味はないねん。ブス、ガキを離したれ」


 その言葉で、肉に食い込んだ拘束が緩んだ。


「お前だけが隊長様に寵愛受けていると思うなよ、アバズレ」


 拘束が離れる際に耳元で低い声で囁かれた。教会が危険とされている部分は、こういう人達がいるからなのかもしれない。ハクやシークさんのような優しい人の割合が多いことを願いたいものだ。


「おい! ワシはどう見ても美少女じゃろ!」


 女性の言葉を無視して、二人は呂樹の門の奥へと消えていった。


「のお、ワシ、美少女じゃろ?」


 謝礼をするために呼吸を整えて立ち上がると、女性が乱れてもいない髪を整えて訊ねてきた。目鼻立ちは綺麗だし、美少女の部類には入るが、どこかアンニュイな瞳が不均一さがある。あと口調が美少女からかけ離れているのは言わずもがな。それでも僕は頷いた。


「じゃろじゃろ」


 美少女は満足げに笑う。それにしても何者なのだろうこの人、大の男を一回転させていたぞ。こっちの世界では、もしかして少女が大人を回転させるのは当たり前なのか?


「あ、明日さん!」


 とのことを考えつつ。今度こそ礼を言おうとしたら、ラジエルが僕を発見して寄ってきた。いつの間にか人の壁は無くなっている。


「お?」

「ああっ!」


 女性とラジエルは顔を合わせると、互いに目を見開いた。


「ハルちん!」


 ラジエルは指差しながら、女性の名前を呼んだ。


「おお、ようやく会えたのラジ子」


 ハルちんと呼ばれた女性も朗らかな口調で片手を上げて応えた。


「え、この人が?」


 僕はそんな二人を交互に見ながら、ハルちんと呼ばれた女性に視線を留まらせる。ハルちんもアンニュイな瞳で僕を見た。


「うん? じゃとこの子が、例の子かの?」


 小首を傾げながら、どこを見据えているか分からない瞳で見られると、なんだか逆に穴が空くくらい見つめられている感覚になる。


「ハルジノーネさんじゃないですか。こんなところで何をやっていらっしゃるんですか?」


 リョウイとカンネイも僕達を見つけて寄ってきた。


「おお、リョウイか。おぬしらを出迎えに来たんじゃよ。ま、こんなとこで立ち話もなんじゃし、落ち着ける場所にでも行くかの。あ、ワシはハルジノーネ。気さくにハルちんって呼んでくれい」


 そう、ハルちんは胸を張って言った。


 


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