047
「似合ってるぜ、明日ちゃん」
髪の毛を梳いて女性用の髪型にした僕の様相を、笑いを堪えながら評価するカンネイに危なく拳が飛んでいくところだった。
身分証明書を受け取った四日後、呂樹へと向かうギルドの商隊が村へやってきた。僕たちはその商隊に紛れて呂樹の中に入ることになっている。
「いえいえ、本当に似合っていますよ明日さん。ほんとうにっ」
ラジエルが用意した服は、襟を折ったりすると見た目が女性用に変化する、なんともへんてこな仕様で、そのため僕のコーディネートをしていたラジエルが、完成された僕を見て目を血走らせている。率直な感想だが、怖い。
「あんまりこういう姿は好きじゃない」
「いやー、俺だったら襲ってるねぐっがっ」
しょうもなく、冗談がすぎたので、股間を膝で潰しておいた。カンネイはその場で跪いて唸っている。
「さて、そろそろギルドの商隊も出発するころですし、行こうか」
くの字に曲がったカンネイをおき、僕達は世話になったシュウ一家に礼を言ってギルドの商隊のなかへ紛れ込むために、商隊を探す。
村の出入り口の前で人垣が出来ており、それが商隊だと一目で理解できた。しかし、商隊の人達がなにやら揉めているようだった。
「いや、せやからゆうてるやん。人探しやって、この村にひょろい黒髪のガキと、銀髪のガキがおるやろ?」
ここからでは人垣の密度で、向かい合っている人物は見えないけど、訛りの強い言葉が聞こえてくる。会話が僕たちのことを指しているのは明確で、髪を纏めたラジエルの頭に布を被せた。
「そんな子供は知らない。迷子探しなら、この近辺では道端を探したほうが早く見つかる」
声の低い男性が言葉を返した。おそらく、代表者か誰がだろう。
「商人の番犬になるとえらいお洒落な吠え方ができるんやね。数字でしか鳴けへんと思うてたわ」
発言している訛りのある男性は、商隊や村の人達に囲まれている。なのにも大胆不敵に煽るものだから、囲いが縮まった。
「ありゃ、教会か?」
遅れてきたカンネイが背伸びをして人垣の奥を覗いていた。その単語に緊張が走るも、平常心をすぐに取り戻す。
「今度はお前が奪われる番だ」
しゃがれた声が囁いたので、手で払うと聞こえなくなった。この幻聴や幻覚は、そろそろラジエルに報告するべきか迷うところだ。今の声も頭に染み渡るくらい残っている。これが日常生活に支障が出れば報告しよう。そう、まだ大丈夫だ。
「ははーん。お前ら只者じゃないと思っていたけど、教会のやつらに一目置かれるような人間だったんだな」
図体が大きいと声も大きいのか、本人はひそひそ声で言ったにしては大音量でそんなことをいうカンネイ。
「馬鹿っ、声がデカいよ」
「馬鹿とはなんだ。あっちでいざこざやってんだから、どうせ聞こえちゃいないさ」
まだ言い合いは続いている様子だし、村の人たちも集まってきてどよめきもある。僕の耳が過敏なだけなのかもしれない。
「隊長さま」
「なんや、ブス。わんこ躾とんねん」
「あっちにいるのっぽ、その傍にいる二人、変な電波でてるですう」
僕の耳にはその会話が聞こえてきた。パージを起動してナイフを腕に隠さながら、聞き耳をたてる。聞こえてくる会話は続けられた。
「変な電波だしてんのはお前やろうが!」
「あぐっ」
乾いた音が響いて女性の呻き声が上がる。
「犬躾とる言うとるやろが! 邪魔すんなやボケが!」
「あぐっ、うぐっ、ご、ごめんなさい。ごめんなさいっっ!」
見えはしないが、周りの人垣がその光景を見て引いているので、男性が女性に暴行を振るっているのは確かだろう。想像するだけで、胸の奥が腐っていく気がした。
「おい、その辺にしとけよ」
対話していた男性が静止の声をかけた。
「おいブタ、わんこは、お前がうっさいねんてよ!」
「ひぐっ!」
囲いから大きなどよめきが起こり、女性の荒れた呼吸だけが人の声になった。
「おーい、見せもんとして見てんねんやったら、教会に寄付してや。それが動物愛護の精神やで」
誰も言葉を返さない。どよめきさえも起こさないほど、非道な光景なのだろう。
見えない分、隣にいる女性が痛めつけられて、上司である男性が足蹴にしているのが、より想起できてしまう。僕の身体が前に一歩踏み出すところで、ラジエルに腕を掴まれた。視線を合わせると、ラジエルは沈痛な表情で首を振った。
「なんやねんその反応シラけるわ。まあええわ、この村にはおらへんねんやろ?」
大きくため息が聞こえたあとに、教会の男性が言うと、最初に対応していた商隊の男性が短く肯定の言葉を返した。
「ほな、次探すしかないな。おい、いつまでよがっとんねん」
「は、はひ」
二人が人垣から抜けていくのが、人の動きで分かった。どうやら難は去ったようだ。
「いや、変なものを見たな。お、カンネイじゃないか。じゃあ君達が錦秋だな?」
難を逃れたのを安心していると、鉄の胸当てをした青髭の長身男性が僕達に目を留めて、笑顔で片手を上げた。
「おう、リョウイのおっさんじゃねぇか」
「おはようございます。ヤンヤンです、よろしくお願いします」
カンネイは気さくに挨拶をしたが、僕とラジエルは身分証明書の偽名を使って慇懃に挨拶をした。錦秋とは客人に使われる呼称みたいなものらしい。
「こちらこそよろしく。私はこの隊の隊長のリョウイだ。そして、これが君達の通行手形だ」
シュウから話が通っているようで、僕達に通行手形を手渡してくれる。礼を言って受け取ると、村の外の方角を一瞥してからリョウイは向き直った。
「隊の中にいれば、なにがあっても私達が守るので、安心していなさい」
「ありがとうございます」
僕達が教会のお尋ね者であることは察しているのだろうに、リョウイは柔らかな笑顔を向けてくれる。何事もなく呂樹に入れるのがいいのだけど。
僕達は予定通りに商隊のなかに入って、呂樹へと向かい始めた。始めたところで、隊列の最後尾から距離を空けて、さっきの教会員二人が後をつけてきているを発見した。
「あけむぐっ」
ラジエルが口を開こうとしたので、俊敏に口を塞ぐと、ふがふがと手の中で口が動き、目を瞬かせている。女性の教会員のほうが電波と発言していたのが少し気になるのだ。電波が、僕の知っている電波なら、発言するのは憚れねばならない。
「なに、ランラン」
「あ、えっと、お話になるのですか?」
ラジエルの身分証明書の名前で呼ぶと、後ろを一瞥してからそう言った。
「ううん。今は話さない」
僕は首を振る。後ろの二人はシークさんの件を追って来ているはずだ、この依頼を受ける前だったら話しても良かったが、今は背負いきれないので後回しにするしかない。ラジエルは意を汲み取ったのか、顎を引いた。
「あいつら、呂樹に向かうってよ」
と、そこにいつの間にか隊列を離れていたカンネイが戻ってくる。
「どこ行っていたの?」
「ん? いやなんでついてくるんだ? って訊いてきた」
「は? 本人に?」
素っ頓狂な声が出た。
「おう。別のところ行く言うたやろ? 三歩歩いたら忘れるんか? だってよ、あいつ絶対教会内で嫌われてるわ。んじゃ、リョウイのおっさんにも伝えてくる」
かなり馬鹿にした小芝居を挟みつつ、カンネイは歩を進める。行動力は認めるけど、危険な橋を渡りすぎだ。石橋を叩いてなお傍観する僕とは大違いだである。もしかしたら、単に後先考えない性格なのかもしれないけども。




