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「よかったね、カンネイ兄、アイキ様助けにいけて」
ご飯を食べ終えて、食器を片しているリンギョクがそう言うと、カンネイは茶を咽せた。
「お前なあ!」
カンネイはむせ返りを落ち着かせたあとに、目くじらたててリンギョクを睨みつけると、リンギョクは悪戯な表情で食器を持ち、炊事場へと逃げてしまった。
チョウビは奥の部屋へ消えてしまって、居間には僕とラジエルとカンネイしかいない。
「カンネイはアイキってお姫様と知り合いなの?」
「いや……知り合いっていうか、腐れ縁っていうかだな」
湯呑みに口をつけながら言葉を濁すカンネイ。勘の鈍い僕でも、アイキとの関係を簡単に予想できてしまった。
「カンネイさんは官僚の息子さんだったのですか?」
「いや、親父は村の警備隊長だが、城の中に入れるほど偉いってわけじゃない。俺はその下についていた木端だな」
「アイキ様は元々私たちの村で暮らしてたんです。カンネイ兄とはいっつも仲良く喧嘩してましたよ」
「おい! いらんこと言うな!」
ひょっこり顔を出したリンギョクは、舌を出してまた炊事場へと戻った。
なるほど、やはりカンネイとアイキは幼馴染ってことか。アイキはお姫様だけど、なにか事情があって村に住んでいたのだろう。その関係を知られたくなくて言い淀んでいたのか。どうやらカンネイは恥ずかしがり屋なところもあるらしい。
「アイキとは腐れ縁なんだよ。ガキのころから一緒に畑仕事して、山に入って、馬鹿やった。あいつは政治の道具なんかじゃない。村で汗水流しながら生活するのが向いている人間だ」
話すカンネイの言葉に力が入る。彼の心に憤懣が募っていくのを感じた。
「おい、なにニヤついてるんだ」
「ん? そう?」
気付かぬうちに口元が緩んでいたようで、より口角を意識してあげた。隣にいるラジエルも目を細めている。
「悪いかよ、盗賊紛いが人助けしちゃ」
膝をついた手の上に顎を置き、明後日の方向を向きながらカンネイは不貞腐れる。どうやら嘲笑と受け取られたようだ。
「そんなことない。身近な誰かを助けたいって思うことは悪いことじゃないよ。そう思えるなら、もっと広く他人に思えるといいね」
「……ああ、余裕があったらそうするよ」
カンネイへと正論を返せるほど、僕も善人ではない。この世に一つのシミもない人間などいないのだ。
彼の境遇は僕に似ている。大事な人を理不尽に失い、諦めきれず、取り戻す手段が暴力しかない。それを行使する覚悟の違いがあるだけで、根本的には同じだ。だから、これ以上は追及したところで、僕の義憤が晴れるだけである。
「アイキは俺らの村が無くなるのが分かったから、呂樹領主に見初められたのを逆手にとって、談判しに行った。そしてそのまま帰ってこない」
蝋燭の光が反射する壁を一点に見つめカンネイは言う。
「カンネイの村って」
「呂樹州と峯芒州の境にあった」
カンネイの断ち切るように放った言葉で、空気が一つ重くなった。ラジエルは困り眉になっている。
「……ひと段落したら遊びに行ってもいいかな?」
僕の言葉にカンネイは目を瞬かせていた。しばらくして眉を下げ、
「……おう」
と、莞爾に笑った。
「これでよかったんですかね」
その夜、折りたたみ式の竹の簡易ベッドで寝ていると、背中からラジエルに声をかけられた。
「これが一番の近道なんじゃないかな」
月明かりもない部屋の暗闇を一点に見つめながら言葉を返す。視線の先には、うっすらとディーオンの輪郭が黒くあった。
「そういえば、ラジエルも教会で倒れていたよね? 無理していない?」
「は、はい。あれはトビラを開いた副次的な失神です」
「……?」
副次的な失神の意味がわからなかった。
「ディーオンさんみたいに痩せ我慢しないでね」
「はい。明日さんも、痩せ我慢はダメですよ」
ラジエルの熱が近づいてきて、吐息が耳に当たった。今、幻聴や幻覚について話すべきだろうか……変わり続ける状況に不足な事態をこれ以上組み込みたくない。僕は疲れているだけで、寝れば治っているはず。だから、無駄な心配はかけまい。
「うん」
「……あ、そういえば明日さん、私、重要なことを思い出したんですよ」
「重要なこと?」
「はい。不正者の総人数です」
「えっ?!」
僕は慌てて寝返りをうつも、思ったよりラジエルの顔が目の前にあって身を引くことになった。
「カンネイさんがいる手前、公に話せませんでしたが、道中思い出したのです」
「それはトビラを使ったから?」
「見かねた同胞が修復してくれたのかもしれませんが、ただ傷が治っただけなのかもしれないので、真相はわかりません」
「そっか……じゃあ僕達はあと何人執行しないといけないの?」
「執行者を抜いた二十五人です」
「二十五……」
想像していたよりも多い人数に復唱してしまった。二人執行したから、本来は二十七人いたのだろう。半月で二人……先は長いな。
「誰がどんなスキルを持っているかとかも思い出したの?」
「いえ、そこまでは思い出せません。身体の修復は綺麗に行えるのですが、如何せん記憶の修復がうまくいかないんです」
「そっか」
「あ、信じていませんね?」
淡白に言ってしまったせいか、ラジエルの目が細くなる。
「ほら、このとおり」
そう言うと、ラジエルは僕の手をとって、自身の服の下に手を滑り込ませた。
「なにしてるの?!」
ラジエルのさらりとした温い肌が指先に伝わる。表面をなぞっているのに、弾力があり指が沈み込む錯覚に陥った。お腹がこんなにも柔らかいとは知らなかった。
「最初の傷はもうありませんよ」
鼓動が激しくなるなか、ようやく触れている部分がラジエルの内臓が飛び出していた場所だと理解する。おかげで、ちょっと冷静になれた。
「本当だ痕がない」
肌をさすると、あの痛々しい傷痕がないのが伝わってくる。
僕が自主的に指を動かしたことが、ラジエルにはくすぐったかったのか、声を押し殺して身を捩らせていた。
「あ、ごめん」
手を服から抜いても、微熱がついてきた。
「また思い出したら、こうやって報告しますね」
ラジエルは微笑んだ。僕は頷いてから、また寝返りをうった。まだ手にはラジエルの肌の感覚が残っている。この生の感覚を忘れてはいけないな、そう強く想い、僕は目を瞑った。




