043
カンネイ達の集落に着いたのは、ディーオンを任せて三時間後であった。小山の周りに竹林があり、竹林を抜けて傾斜がつきだしたところで平屋の家々が立ち並ぶ集落が見えてきた。
山からくる灌水が真ん中にあって、その周りに大勢の人が集まっている。僕らを認めると、ケイサイとともに白髪の老爺が前までやってきた。
「若い者の非礼極まるなか、ようこそおいでくださいました。私はチョウビ、この集団の長をしております」
白く仙人のように長い髭と眉毛を持った、チョウビと名乗った老爺は、挨拶と謝罪のため下げた頭の視線を戻し、目尻のしわを深くした。
「ささ、立ち話もなんでしょう。どうぞ中へお入りください」
皺寄った柔和な目元に警戒心が抜かれて、僕達はディーオンが休んでいる家に案内された。
案内された家は、玄関を入ると炊事場で、一段上がって居間があった。その居間では襤褸を纏った黒髪の少女が円テーブルを拭いていた。
「私の孫のリンギョクです」
リンギョクは作業の手を止めて挨拶をする。小柄で痩せ細っているが、外の者を迎える笑顔は眩しかった。
「お連れの方は奥の部屋におります」
靴を脱いで家に上がり、廊下に面した部屋の扉を開けると、六畳間の一画に、竹の簡易ベッドの上でディーオンが寝ていた。
「解熱薬を煎じて飲みましたら、落ち着きはしました」
ディーオンは僕達の気配に気がつくとことない。深い眠りについているようだ。
「皆さんのお荷物はあちらに置かせて頂いておりまする」
部屋の隅に僕達の荷物、と言っても外で借りてきた物だけど、とにかく水瓶や、食器類が入った革袋が置いてあった。
「同室で狭苦しいですが、ご容赦くださいな」
「いえいえ、雨風凌げるだけでもありがたいです」
本音を言うとチョウビはニコリと笑った。居間まで戻るとカンネイとリンギョクが食事の準備をしていた。
「非礼と無礼、それと感謝の印に御一緒にお食事でも如何ですかな?」
親睦を深めるためにも、僕とラジエルは二つ返事で了承した。
「我らのことは聞き及んでいますかな?」
テーブルにつき、歓待を受けたところで、対面に座るチョウビは言う。
「流民とは」
「そうですな、流民です。それに、我々は国に従わない反体制勢力でもあるのです。しかし、そうならざるおえない理由がありまする」
「税の徴収ですよね」
僕の言葉にチョウビは表情に深い影を落とす。
「ええ、国は暴利を貪り、民衆の懐までもを食い尽くしていき、従えない下の者から排除していくのです。村を捨てて逃げれば反体制勢力になり、かと言って村の生活を維持しようとすれば生き地獄を味わい、税が払えなくなれば首都に身売りを強制させられる。今の呂樹は、そうすることで、程の良い奴を作りだしているのですよ」
ぐらりと胃の中の食べ物がざわついた。まだ若干青かった筍が赤くなったに違いない。
「そんな……横暴だ」
人は消耗品ではない。国は民があってこそだ。自国民を蔑ろにしたら、国はたちいかなくなる。僕みたいな子供でも分かるのに、この国はどうしてこうなっている。
「どうしても、流民になるしかなかったのですか?」
募りはじめた鬱憤を黙って嚥下していると、ラジエルが言った。
「もちろん、最初は生活を切り詰め、我慢をしました。まず身体の弱い老人や子供が飢えでさらに弱り、たくさん亡くなりました。そうなる前に国へと支援を要求しましたが、国は取るものだけ取るだけで、支援を無視しまする。それでも、住み慣れた村を維持するために田畑を耕し、山に入り木を切り、炭を作り、夏を越え冬を越し、なんとか税を払ってきました。それでも、月毎に一つの家が死んでいきまする」
尋ねたラジエルは言葉を失っていた。この人達は悪法のなか、必死にもがいてきたのだろう。そんな人たちにまだ我慢を強いるのは、これを施行している者に加担するようなものだ。ラジエルは天の法に準ずる天使。このような法があって居た堪れないのであろう。
チョウビは白眉を垂れさせたまま続ける。
「ですが、我慢の限界を超えた者どもがでてきました。それが私達でございます。私ら老人が、ギルドの力を借り、峯芒城主のリホウ様に取り次いでもらいました」
呂樹には砦があるように、城もある。城は州を統括している街にあり、呂樹には州が三つある。円を半分にするため横一本線を引き、下半円にまた縦線を引いた形で分けられ、上の半円が呂樹、下左が斉、右下が峯芒だ。僕達は峯芒州と呂樹州の間ぐらいにいるはずである。
「私達、旅の傭兵なのでそういう事情には疎いのですが、リホウさんは現王の血筋の方なのですか?」
「遠縁にあたりますな。リホウ殿はこの現状を憂いており、民の気持ちを慮ってくださり、現王へと税の引き下げを上告なさってくださいました。しかし、現王は上告を無視し、あろうことかリホウ様へと暗殺者を寄越したのです。命ことなきに終わりましたが、リホウ様は御怒りになられ、我らの意を汲んで、現王を誅殺なさるおつもりです」
「それって、戦争が起こるんですか?」
「いえ、我々のような民を巻き添えにせず、現王を玉座から引きずり降ろすつもりなのです。具体的な案は私どもには知らされませんが、ギルドと手を組んで経済制裁をおこなうつもりのようです」
無辜の血を流さずに現体制を変えるのは、少し理想論にも聞こえるが、リホウという民から信頼が厚い人物ならばこそできるのかもしれない。
「どうしてギルドは手を貸してくれるんですか?」
ギルドは言わば国に属さない企業団体。国に属している企業もあるが、それは国がギルドに権力を集中させんとして作った企業。なのでほとんどがどこの国にも属さない。そんなギルドが州の城主に手を貸す理由が僕は知りたかった。
「この国での商売が成り立たないからですな。中央政治だけで商売を循環させるのには、国外に輸出入が盛んでなければなりませんからの。現在は地方からの輸出品が減り、徴収した税も放出も、還元もせず、趣向品に費やしておりますので、国庫も貧しくなっているのです。商売が破綻するのは目に見えております。ですので、ギルドは我々反対派に食糧や日用品を提供する代わりに、護衛や元々の輸出品の製作の仕事を与えてくれるのです」
ギルドの方がよっぽど国を憂いている。現王体制は、人や食糧が生えて湧いてくると教育されたのだろう。そう納得して、出された茶を飲んだ。
「でもどうして旅人を襲うんですか?」
ラジエルが真っ当な疑問を抱く。カンネイはそうしないと生きていけないと言っていたが、話を聞くに支援は受けている。
「この阿呆のように過ぎたる力を持てば、自分が強大になったと勘違いする輩がおりまする。また、世が荒めば、持たざる者は持つ者から奪うのが道理、と見聞きしてしまうものです。それらが誇大な力と歪んだ常識だと知らぬ若いのを諌め、義を諭すのが我ら老人の役目であったが、聞く耳すら持たず……そういう血が上った輩は自身の血を見ないと理解できんのです。ですので、きつく灸を据えていただきありがとうございます」
チョウビは深く頭を垂れた。暴力を肯定されてなんだかもどかしいなか、カンネイは面白くなさそうな顔をしている。そのカンネイを見てリンギョクは忍び笑いをしていた。
「しかし、どうして呂樹に私達が入らなきゃいけないんですか?」
「リホウ様の御息女であるアイキ様が、人質に取られているからでございます。アイキ様は我々の税を軽くする為に、自ら呂樹へ人質として参られました。そんなアイキ様をむざむざと死なせたくありませぬ。故に我々は、強く義に溢れた傭兵を探しておりました」
で、向かってくるものを不殺にし、会話も成り立つ僕らに頼んだってことか。
「僕らも呂樹に用があったのですが、入る手段を持ち合わせていなくて困っていたんです」
「ほう、それはそれは。よければご用を伺ってもよろしいですかな?」
「人探しです。ハルジノーネという人を探しています」
チョウビは髭をさすりながら唸った。
「ふむぅ、聞き及ばない名ですな。どういったことをされている方ですかな?」
「えっと、物作りです」
と、ラジエル。
「そうでございますか、それは内部で重宝されているかもしれませぬな。なにやら物作りをする技術者を集めているようですから」
「そうですか……ではどうやって呂樹へ入るつもりなのですか?」
「それはだな、呂樹内にいるギルド員が仲介してくれて明日達を中に入れるのさ」
食事をほとんど食べ終えたカンネイが、ようやく話に参加してきた。
「そんな簡単にいくものなのですか?」
「リスクがないとは言わないが、入る方法はこれしかない」
「入ったとして、僕らはお姫様の行方を知らないんだけも、どうやって見つけだすの?」
カンネイは骨が歯に詰まったような苦い顔をする。そのせいで明朗な回答が返ってこないと理解してしまった。
「……呂樹城にいるのは確かだが、正確な位置は把握していない。中に入れば仲間が詳しいことを説明してくれるはずだ」
中にいる人たちは、情報を少しでも漏洩しないために肝心の情報をよこしていない、ということにしておこう。それが罠なのではないかと邪推したところで、僕たちは足踏みするだけ。前進するしかないのだ。




