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「よお」
僕達の行く道の先には、あの強面な男がおり、僕達へと気さくに手を上げて立ち上がった。僕はナイフを構え、ディーオンは剣の柄に手を当てる。二度目はない、と忠告はした。
「まてまて、御礼参りじゃねぇよ。あんたらに話があるんだ」
「私達にはない、失せろ」
男が慌てて両手をあげて降参の姿勢をとる。僕とラジエルが訝しむなか、ディーオンだけは言い切った。
「いやいや、頼む聞いてくれ。俺の話を、な、二分だけでもいいから」
僕は、ディーオンが剣を抜こうとするのを、彼女の身体の前に手を出して止めた。
「二分ですよ」
ディーオンは呆れた様子で腕を組みため息をついた。この手合いの人達は自分らが満足しないと去ってくれない。この無法がまかり通る世界では暴力が解決してくれるが、やはりそれは最終手段としたいのだ。
相手が話そうという意思があるなら、意思を汲んでやりたい。ただ、周りを警戒するのは怠らないに越したことはないな。幸い道は、荒れて草も生えない田畑の中を通って見通しはいい。
そんな思いを知って知らぬか、男は大きく手を打って、喜び半分に話しはじめる。
「よしきた。あんたらがただの旅人ではないってのは分かった。行く先は呂樹か? それとも国境か?因みに今は国境を越えるのにも、呂樹に入るにも全員の身分証明書が必要だぞ。あんたらあるのか?」
僕らは黙って身動き一つすらしない。男はスピーチを続ける。
「無いなら、この先町に入るのも叶わなくなるぜ。聾丹で龍が出て町一つが焼けちまったって話だ。つまり住処を無くした流民が他の村や町に流れ込んでくることになり、そして国が違法流民を厳しく取り締まりだす。ま、玄関口が一番厳しいわな」
「二分だ」
ディーオンが冷たく話を断ち切った。さっきまでの話しを聞いていたような内容だったが、もしもそれが本当ならば、僕らは野宿をずっとすることになるし、呂樹にいるであろうハルちんなる仲間とも合流できない。
「嘘じゃないぜ? 嘘だと思うなら一番近くの町にでも行ってみな。長蛇の列になってるからよ」
「ああ、そうする」
痺れを切らしたディーオンは不健康そうな歩き方で前を行く。男は両手をあげて道を譲ったので、僕達も先を目指すことにした。
「あの人、まだ付いてきますよ」
男と会話して一時間が過ぎたくらいで、背後を頻繁に確認しているラジエルが、ひそひそと耳打ちをしてくる。後ろを向くと、男は僕達の間合いの外、気配を察知できる程度の距離を空けてついてきていた。話しかけられても面倒なので、目が合う前に顔を戻す。
「なにか企んでいるのかな」
「追い剥ぎをするくらいです。きっと善からぬことを考えていますよ」
「かもね」
二時間くらい歩くと、韓丹という町の外壁の輪郭が見えてきた。僕達が目を留めたのは、壁が近づくにつれ、町へ入るための街道に人の列ができていることである。この光景に僕達の足を次第に緩くなって、止まった。
「な、言っただろ?」
程よい距離からそんな声がして、三人で振りかえった。我が意を得たりと男がしたり顔で立っている。
「今晩も、これからも野宿は身体に負担がかかるぞ。それに呂樹へ近づくと荒くれ者は多くなるしな」
「それは脅しととっていいのか?」
ディーオンの眼が男を鋭く射抜く。
「だあ、そう憤るなよ、事実だろ。あんたらの強さは分かったし、俺達は手出しする気はない。だがあんたらの恐ろしさを知らない奴らはそうじゃない」
それは身を持って体験しているため、安易に想像できた。あれが毎晩続くのは身体もだが、精神的にも堪えるだろう。
「そしてお前は躊躇なく殺す」
誰のものでもない声が、頭の奥底から聞こえる。
いつか、精神が磨耗しきった時、僕はそういう手勢を知りもせずに悪だと偏見で決めつけて、楽な方向へ走ってしまう。幻の声はそう断言しているのだ。
目の前の男は、悪か?
答えのない答えを巡らせていると、男は神妙な顔つきになった。
「そこで提案があるんだが、あんたら俺達の手助けをする気はないか?」
「野盗の真似なんて御免です!」
ラジエルが目を三角にして反論するも、男は気にもせず手を振った。
「昨日のような事じゃない。呂樹へ入ってもらいたいんだ」
表情を動かさず聞いていた僕の眉間に皺が寄った。あまりにも、できすぎている。
「詳しくは引き受けてくれたら説明する。報酬はあんた達に支払える金はないが、野盗共に襲われず寝泊まりできる場所の提供と、町へ入る手段の提供を約束する」
「野盗の口約束が信用に値するか?」
既に襲われているのだから、ご尤もな意見である。ただ僕は、この人が目的のためなら手段を選ばない人だと思うのだ。力で勝てるから奪う人間が、次の狡猾な手段をせずにこうして話し合いをするあたり、この約束は信頼にたる気もする。これが狡猾な手段であった場合は悲惨なことになるだろうが、今は決めてみないことにはわからない。
「貴方達が僕達を襲ったのに、どう信用すればいいですか?」
ご尤もな意見をもう一つ言うと、男は頭を掻いて白い粉を肩に落とした。そして胸を膨らませたのち両膝を折り、両拳を握りしめて地面につけ、頭を下げた。
「申し訳ない」
たまに通る往来を行く人達が、何事かと見ては去っていく。この国の礼儀作法を知らないけど、土下座までされて謝られると、許す気が湧いてきた。まあ、それだけが理由ではないのだけども、とにかく受け入れる気にはなったのだ。
「いいですよ。引き受けます」
「明日!」
「明日さん?!」
「ほんとか!」
二人からは非難の目を、一人からは羨望の目を向けられる。僕は、ディーオンへと視線を合わせた。
「ディーオンさんは体調良くないですよね? このまま野宿では呂樹まで持ちませんよ」
ディーオンはふい、と目を逸らす。教会を出てから、いつ転けるか不安な歩き方である。本人が申告してこないから黙ってはいたが、もう見ていられなかった。
「ラジエル、呂樹に入れるならそれでいいじゃない。もしもこの人が嘘をついている場合は僕がなんとかするよ」
オジさん流なら二度目はない。今の僕にはそれができる、できてしまうだろう。そうはなってほしくはないが。その不安が残っているからこそ、ラジエルの顔は晴れない。僕はそれらを了承ととった。
「ありがてえ」
男は顔を上げて立ち上がる。その顔は、強面には似合わない笑顔になっていた。悪い人なんだが、憎めない人っているんだよね。
もしかしたら悪人なんて、個人視点の匙加減なのかもしれないな。




