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「殺さないのか?」
「死にたいのなら、構いませんが」
僕は剣を離さない男の喉にナイフを軽く刺した。ぷくりと赤い粒が湧いて、喉の下に流れていく。もちろん本気で貫くつもりはない。抵抗されると、事故で強く刺しこんでしまうかもしれないが。
「わかった、降参だ」
男は剣を手放し、両手をあげた。僕は落ちた剣を教会へと蹴る。軽い音が鳴り止むまでに、囲んでいた者達が蜘蛛の子散らすように逃げていった。随分と信頼されていないようだ。
「奴等は仲間じゃない」
逃げていく人達に気を向けていたのを察したのか、男は硬い声で言う。戦意が感じ取れないので、ナイフを離して間合いギリギリまで距離を空けると、男は首筋を拭ってから立ち上がった。
「手当て、できますよね?」
「こんなものほっときゃ治る」
馬鹿にするなと言いたげに吐き捨てられた。
「あっちに投げ飛ばした人達のことです」
光りの届かないところで呻き声が微かに聞こえる。人と人がおもいっきりぶつかったのだ、あっちのほうが重症だろう。
「あーこりゃ駄目だな、中に入れてもいいか?」
男は二人に近寄ってから声をあげ、こちらを振り向く。この人は拳をまじ合わせれば友達だと勘違いする人なのかもしれない。
「担いで帰ってください。襲ってきた貴方達の落ち度です」
「あー痛い、なんか急に痛くなってきた、いたたのた」
男が首元を抑えて屈み、チラチラと僕の表情を窺っている。野盗だからこんなに厚かましいのだろうか。
「雨風を凌げる家はそこら中にありますよ」
氷のように固まった表情で近くの一軒家を視線で指す。
「明かりがあるのはここだけだろ? 今日は月も隠れてより暗い。治療する手元が狂っちまう」
「おい、馬鹿をやってないでさっさと失せろ」
壁に身体を預けながら扉前までやってきたディーオンは苛立ちを隠せていない。その証に最装填した弩を男に向けている。
「強気なねえちゃんだな。わかったよ。どっかいくから獲物を返してくれ」
「馬鹿かお前」
扉前にあった剣をディーオンはもっと中へ蹴った。戦利品ではなく、この男がもう一度襲ってくる可能性があるから返せるわけがない。
「じゃあ、次はないですから」
男のペースに付き合っていられないので、教会へと入って扉を閉めた。
横になっているラジエルまで移動し、顔を覗くと少し顔色が良くなっていた。足を引きずるようにしてディーオンが寄ってくる。ラジエルの白い肌に追いつくくらいに、青白い顔をしていた。
「今晩は僕が見張っていますから、ディーオンさんも休んだほうがいいですよ」
「すまない、そうさせてもらう」
素直に従いながらディーオンは前の椅子を払ってから横になった。
それからラジエルやディーオンに水を持っていったり、脂汗を拭いたりと介抱に勤しんだ。
空が白んだ頃にラジエルが目を覚まし、事の顛末を伝えると深々と謝罪された。
少しの間でも休めと言われ、パージを起動しながら数時間だけラジエルの太腿を枕にして寝ることになった。遠慮して言い合う気力が無かったので、すぐさま横になり、あまりの心地良さに意識が飛んだ。
「よお、早起きだな」
全員が起きて旅支度を終え教会の扉を開けると、扉の隣の壁に背中を預けて座っていた筋肉質な男が立ち上がった。ずっと居る気配があるからパージを解けなかったが、まさか出待ちされているとは。
「おおっと、やる気はない、昨晩も言ったが獲物を返してもらいたいだけだ」
僕の敵意を感じ取ったのか、両手をあげて無害を強調した。ディーオンはまだ本調子ではないが剣呑な目付きで男を威嚇している。矢で射れる距離には人の気配も見えもしない。
「中にあるのでご勝手にどうぞ」
男から距離をとりつつすれ違う。男は黙って教会の中に入っていった。拍子抜けなことに、何事もなく廃村から出ることができ、村の外で走り回っていたバサラが僕達を見つけて寄ってきた。
「呂樹までどういう道筋にしましょうか」
廃教会を出発する前に、旅順を話し合っていなかったので、ラジエルが議題を投げた。
「できれば宿には泊まりたいけど、町だと警備兵がいるもんね」
「それもそうだが、明日は身分証明書を持たないからな。ラジエルの偽造書だけでは怪しまれる」
まともなベッドで寝たいのだが、入るのもリスクであろう。
「呂樹にいるはずのハルちんと合流できれば、そこらへんの問題も解決するんですけどね」
「にんべん師なのか?」
「ええ、まあ、そういう製作に長けてはいます」
ディーオンの質問になんとも歯切れの悪い返し方をするのは、ラジエルが忘れているからかもしれない。
「ハルちんさんって、オジさんの師匠って言っていた人?」
「そうです。ふ……ハルちんはオジさんの刀の師匠であり、私達の仲間です」
つまりオジさんより強いってことか。オジさんでさえ筋骨隆々としているのに、それを超える人って一体どんな見た目をしているのだろう。
「魔王討伐をしていたのか?」
ハルちんなる者の形を考えていると、ディーオンが訊ねた。
「オジさんのパーティーには参加していましたが、途中で抜けて散開した魔王幹部を一人で討伐しましたね。そのおかげで魔王近辺が手薄になり、オジさん達が魔王を討伐することが可能になった、と言われております」
「へえ、陰の功労者なんだね」
「戦績や実績を統計すれば、彼が貢献度は高いでしょうね。そういうのを嫌う方でしたので、賞与などをオジさんに託したとも聞き及んでいます」
魔王を討伐すればなんでも願いを叶えてくれるはずなのに、それを他人に託すなんて、欲のない人なのかな。
そんな疑問を抱えていると、前方に見覚えのある人物が座っていた。




