039
注告されてからパージを起動すると、身体が姿勢を低くし戦闘態勢の構えをとった。追っ手は教会か、それとも国か、頭の中で敵を想像する。
「国の追手にしては早すぎるし、教会にしては練度が低すぎる」
僕の思考を読んだ言葉をディーオンは言って、真っ直ぐ立つ。しかし、身体が揺らついて、また長椅子の背に手をついた。どうやら本調子ではないみたいだ。
「ディーオンさんはラジエルを守ってください。僕が対応します」
「アケビ! ボク逃げるから!」
嘶きとともに蹄の音が遠ざかっていく。野生の獣からも逃げられるバサラのことだから大丈夫だろう。それよりも、僕がどう対処するかが問題だ。
国の追手なら犯罪者として捕えられる。それは現状飲み込めない。教会の追手なら、経緯を話せば分かってくれる可能性はある。だがラジエルを対価に要求する場合、受け入れられない。そうでない第三者の場合。野盗や追い剥ぎならば、パージでなんとかなるはずだ。そんな考えを張り巡らせながら、いま僕がすることを導き出し、教会の入り口へと向かい、ディーオンの静止の声も聞かずに開け放った。
すっかり夜の様相に様変わりした廃村に、廃教会のなかからの明かりが照らしつけられる。正面にいたであろう者が慌てて暗闇へと姿を隠そうとしているのが見えた。教会の服を着ていないし、警備隊の服も着ていなかった。着用していたのは、村人が着る襤褸の服であった。
「貴方達が何者かは知らないけど、話し合えるなら話し合いたい」
扉を開けてから囲んでいる人間の数が明確に分かった。呼吸、鼓動、衣擦れ、足音、闘気。これらが五感とパージの第六感とともに強調されている。周りには十三人いるようだ。
僕の提案に動揺が伝播する。浮き足だってこの場を去ってくれるのが一番良いのだが、どうやらそうはいかないらしい。男が三人、光りの元へと姿を現す。一人は細く筋肉質で、残りの二人は小柄で痩せた体型であった。共通するのは襤褸を着て、髪も髭も肌も手入れされておらず、僕を見る表情が、下位の存在を見るかのように見下していることだ。
「話し合い、ですよね?」
一応尋ねておく、それがオジさん流だ。
「ガキ二人に女一人、町で寝泊まりするべきだったな」
筋肉質な男が口髭を薄く伸ばした。教会から弩に装填する音がする。聞こえないふりをして、まだ会話を続けた。
「この村の方ですか? 勝手に入ったことは謝ります」
手前の小柄な男達が互いにきょとんと顔を合わせて、それから破顔する。げひひ、と虫の音にも似つかない下品な笑い声が響いた。
「心配するな。いま謝らなくても、自然と口にしている」
筋肉質の男が剣を僕に向けた。手前の男達の崩した笑顔が切り替わる瞬間に、僕の顔の横を矢が通っていく。筋肉質の男が手前の男の襟首を掴んで引っ張り、自身が矢の射線上になるように入れ替えた。男の剣に矢が当たり、金属音が甲高く鳴る。僕は矢が過ぎた時に走りだしていた。
いちばん手前にいて動揺している小柄な男の股間を目一杯蹴り上げる。柔らかい感触のあと、声にならない声をだして股間を押さえて膝をついた。膝を曲げ足の先を滑らせ、落ちてきた下顎を蹴り上げ、筋肉質の男へ向けて飛ばす。
右手に持った剣で矢を弾いた筋肉質の男は、反動で姿勢がズレている。飛んでくる小男を避ければ、簡単に懐に潜り込めるが、矢を弾ける男がそう簡単に潜り込ませてくれるか。考えながらも、身体は前に行く。
筋肉質の男は左手に掴んでいるもう一人の小男を振りぬいて、空中にいる小男にぶつけた。二人は鈍い音と潰れた声をあげ、飽和する光りの届かぬ方へと消える。それを見送ることもせず、僕は左側ががら空きになった男へとナイフを突き立てる。肩くらいならば死にはしない。
男の肩が接近する。それは予定よりも早く到達した。男が自ら肩をナイフに当てにきたのだ。硬い肉に突き刺さる。引き抜こうとすると、握られているのかと勘違いしてしまうほど動かない。男が汚い歯を見せて笑っている。右側から鋭い獲物が僕の腹部を狙っていた。
地を蹴り、ナイフの柄を支柱にして僕の身体は男の頭上で逆立ちする。そして落ちる勢いで膝をたてて男の背中に渾身の一撃を入れた。鍛えられた背筋の奥にある臓器にめり込む感触がありありと伝わる。不意の一撃を喰らった男は息を詰まらせていた。
パージはその隙を見逃さず、男の喉に腕を巻きつけて、呼吸を余儀なくさせる。パージを解除したのち、すぐに再発動し、僕の手の中にナイフを戻し、上部に意識が持っていかれているであろう男の膝裏を蹴ると楽に膝をついた。
男の肘が僕の腹を狙ってきたので、腕を離して避ける。男は血管を浮き上がらせながらついぞできた呼吸をし、剣を振りかざしながら反転するが、剣が到達するよりも早く、様々なアドバンテージがあった僕が男の尖った喉仏にナイフを突き立てた。
春の夜のように涼しげで甘い風が吹いた。




