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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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「あれか?」


 ディーオンが顎で指す場所には、六角形が大小二段重なった古ぼけた建物があった。質素なウェディングケーキみたいだな、と思っていると、ラジエルが声に肯定する。


 鍵が打ち壊されていて、半分開いた扉を引くだけて中へ入れた。中は外よりも暗く、壁に取り付けられた玻璃の窓からも光はほとんど通していない。軽快な音ともに近くが明るくなる。ディーオンが壁にかけてあった蝋燭に竜石ーー竜の胆石で火をつけたようだ。


 ほのあかるくなった室内には、十脚の長椅子がある。それら半分は椅子の程を保てていなく、もう半分は蜘蛛の巣が張って土埃にまみれている。長椅子の視線先には教壇があるが、特別目につくものはない。天井だけが高く、他に部屋はないように見える。外見の割には慎ましかった。


「天使にスキルを返すと死ぬ。物見屋はそう吹聴していたが、本当か?」


 室内に灯りを灯しながらディーオンが尋ねると、ラジエルは目を見張った。


「半分は本当です」


 ディーオンは呆れを含ませながらこちらを振り向いた。落胆ともとれたので、ラジエルは言葉を選ぶように目線を惑わせ、重そうな口を開いた。


「ブラディ・ロングは勘違いをしていましたよ。スキルを返すのと伴い、この世界から魂をあちらの世界に戻すのです。スキルは魂と結びついていますからね」

「つまり、この世界に残ることはできないんだな」

「一度眠っていただくことにはなりますが、対応はできますよ。大抵の方は帰るようですから、この対応をした実績は聞き及んでいません」


 この世界に来た人達は何かしらの願いがある。僕にはあるのだし、無辜に命を賭ける人はいないと思う。なので、スキルを返して居残るなんて人はいないのかもしれない。


「私は天使からそんな説明を受けた覚えはないがな」

「……私達のマニュアルが、訊ねられるまで契約概要は口外しない、ですから、契約者本人が疑問に感じないことは説明しないことになっています。あ、私は違いますよ。なんでも説明します! 忘れていること以外は……」


 バツが悪そうに付け加えてから、肩を落とすラジエル。僕が疑り深い性格だから良かったものの、時代が違えば、僕も不正者になっていたかもしれない。


「あいつらを殺したことは間違いではないのが分かった。……それは確実に失敗しないんだろうな?」

「天命次第です……ディーオンさんが本気で天命を果たそうとなさる想いがあるのならば裁量なさるかもしれませんね」

「金をせびる似非宗教者みたいな文言はよせ」


 冷たい目つきで睨まれて、叱られた子供のごとくラジエルは口を強く閉じた。ディーオンの視線が僕へと変わる。


「明日、頼みがある。私が死んだら腹を裂いて、出てきたものを育ててくれ」

「いやです」


 とんでもない願いだったが、そんなことだろうと、僕は即断で棄却した。あまりにも早かった為に、ディーオンの眉間にしわが寄る。


「なに?」

「自分でしてください。託されたのは貴女です」

「生意気を言う」


 生意気な答えを聞いたディーオンは、片方の口角をあげて鼻息を鳴らした。


 話がまとまったところで、ラジエルとともに教壇へ移動する。


「ではこちらまで来てください。明日さんはディーオンさんの脇に両手を通して支える準備をお願いします」


 ディーオンがラジエルと対面し、僕は指示通りにディーオンの脇下に腕を通した。女性にしては筋肉質な二の腕の柔らかさと、胸当ての硬さが相反する。野生味の臭いがする長い赤髪が鼻に当たってこそばゆいが、全てを気にせずラジエルに注目した。


「では」


 ラジエルは目を瞑ってから腕を壁側へと伸ばす。掌がなにかをなぞるように上下に動いて止まった。ラジエルの眉間に力が入ると、掌と壁の間のなにもない空間が淡く青白に光りはじめ、光りは広がっていき観音開きの門の形に留まった。これが前に話していたトビラであろう。


 ラジエルは胸の前で握りしめていた右手を伸ばす。トビラを観ていたディーオンの身体が強張ったのを感じた。


 ラジエルがディーオンの胸に触れた瞬間に、膝が抜けた彼女の重さが両腕にのしかかってくる。首がすわり、髪の毛が顔を覆って後ろからでは表情は見えない。だけどきっと、死人のように表情はないはずだ。この力のなさは、先日に体験したものと相違ない。


「っかは!」


 悪い想像が頭を支配する前に、ディーオンが息を吹き返して急いで辺りを見回した。


「どれくらいたった?」

「えっと、十秒くらいです」


 そう答えると、ディーオンは大きく息をついて礼を言い自分の足で立ち上がった。


 トビラは下のほうから霧散するように消えていく。どうやら無事に終わったようだ。安堵して息を吐こうとしたとき、ラジエルが胸を抑えて膝から崩れ落ちて、その場に倒れた。


「ラジエルっ!」


 ディーオンから手を離してラジエルに駆け寄る。


「大丈夫です……少し休めば治ります」


 脂汗を額に浮きあげながら言われても安心はできない。ラジエルを抱き上げて、比較的ましな長椅子の前まで連れていく。ふらふらとした足取りでディーオンがついてきて、椅子の上をある程度綺麗にしてくれた。その上にラジエルを寝かせて、荷物の中からタオルをだしラジエルの汗を拭く。


「私はどうやら執行者になれたようだ。ここからしっかりと声も聞こえるよ」


 ディーオンは片手を前の長椅子に支えにして立ち、視線を腹にやる。それは天とやらが、ディーオンの贖罪を認めたということになるはずだ。これで晴れて、ディーオンは仲間と言える。


「よかったですね」

「アケビアケビ!」


 本心から祝福すると、外でバサラが僕を呼ぶ声が聞こえた。遊んでほしい時や褒めてほしい時の声とは違う。


「でだな、執行者間では敵意を向けてくる第三者の扱いはどうなっている?」

「アーケービー」

「害意があっても殺さないで制圧する。僕らのやることは不正者からスキルを取り戻すことですから」


 バサラが騒いでいるのを無視しておく。害意があったとしても、殺さず制圧して話し合える余地を作るほうが予後が良いはずだ。パージならそれができるはず。


「理にかなってはいるが、それはこちらが圧倒的な力を持っていないと成り立たんな」


 なにが言いたいんだ、と視線を向ける。ディーオンは教会を見回して僕へと目を戻し、静かに声をだした。


「アケビ! 変な人が沢山いるよ!」

「十人以上か……囲まれているぞ明日」


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