037
空は昨日を忘れさせるくらいに快晴であった。鳥は上空を旋回していない。雲も遠くのほうに連なってあるだけだ。悩みのない空を見上げながら、疲れ切った脚で砂利道を踏み締める。自分がここいる感触とともに目的地へと距離を縮めるのだ。
オジさんと別れた僕たち三人は、呂樹を目指していた。呂樹までの道程にある廃教会は限られている。一番近いのが聾丹から二日で行ける、洞ヶ村にあったとされている教会だと、ラジエルの口から語られた。
僕とラジエル、ディーオンの間には明らかな確執がある。どちらもそれに気がついているからこそ、道中は沈黙が支配していた。オジさんがいても、これくらい重苦しい雰囲気だっただろう。
聾丹の町の中心は灰燼にきしたが、それがドラゴンのせいであるのは明白であろう。だが、ドラゴンを操るのはこの世で一人しかいない。その人物が僕たちの仲間になったということは、僕たちも共謀したとみられ、犯罪者として扱われることになる。そうオジさんから説明された。僕たちは呂樹と教会から追われる身になった、という推察である。
灰まみれで煙臭かった僕たちは、出立前に水浴びをしたが、どことなく煙たく臭う。今は鼻が慣れきってしまっているが、第三者からすれば聾丹から逃げてきた指標になっているはずだ。道中すれ違う人が臭いに反応してか、長く僕たちを観察しいる気がした。
「明日、そうビクビクするな」
移動開始一日目の夜、街道から少し離れた林の中に陣取って周りを警戒していたら、火の番をしているディーオンに言われた。
「だって僕たち追われているんですよ?」
「そう顔に書いていたら、余計に怪しまれる」
原因である本人に言われると釈然としないが、一理ある。
「呂樹の国防は腐っていて健全に機能はしない。ドラゴンから私に結びつけるのは早くても明日以降だ。教会は仇敵に関しては必要以上に追ってくるが、もしも来たら明日達は無関係だと言おう」
「そんな気遣いはいらないです」
キッパリと断るのは、それを罪滅ぼしに利用されるのが一番不快であったからだ。この人がシークさんにトドメを刺した。その原因をつくったのは僕である。だから仲間になったのなら、それはどちらの罪でもあるのだ。もしも、弁明する機会があるならば、僕はそう言うつもりだ。
「そうか……すまない」
僕はディーオンの平坦な謝罪を受け止め、スープを作るために調理を始めた。
夜は交代で寝た。白んだ空が辺りを照らしだしたら僕たちは再び出立した。
洞ヶ村へと向かう道を辿っていくと、幅広く整備された街道が徐々に狭くなり、立った草が生え揃った道に変化していく。轍もなく、人が通った気配もない道を踏み鳴らしていき、雲が夕焼けに染まった頃に洞ヶ村へと着いた。
「これは……」
村は林の中に開墾された、林業を主産業にした村だと説明されていた。主道から左手に一軒の横に長い茶色い家があり、その家の隣にまた同じように長い家がある。それが荒れた田畑や切った木の残骸を隔てて、また同じような家が立ち並んでいた。おそらくこの二つの家で一軒分なのだろう。しかし、その家々は窓は閉まり、玄関が軒先に倒れていたりして、とても人が住んでいるとは思えなかった。
「廃村になっていますね」
遠くを見つめるラジエルは悲しそうである。人の死体がない分、マシに見える。それはあまりにも悪い方に慣れすぎている、間違った考え方だと、切り替えた。
「この奥に廃教会はあるんだな?」
「あ、はい。記憶が正しければですが」
「ならさっさと行くぞ」
ディーオンが歩き出して、僕とラジエルも歩きだす。村の主道は草が短く歩きやすい。林の中を切り拓いた村だとしても、陽が射さなくなったら普通の村よりも暗く、風が吹くと、草や木々が音を鳴らすから不気味である。手綱を握る手が強くなるのと、ラジエルが寄ってくるのは同時だった。
「呂樹に近くなればこういう村は多くなる」
おもむろにディーオンが話し出す。顔は正面を向いたままだ。
「どうしてです?」
「呂樹は村一つの税が五割だからだ。稼いだ五割を国に持っていかれ、還元されることはない。残った五割を生活全てに持っていけるわけでもないから、こういう小さい村は生活はできないだろう。だから村を捨てて流民になる。流民ならば最低限国から補助されるからな」
「へえ、でもそれじゃあ大きな町しか残らないじゃないですか。そうなると町の税率も上がるんじゃないですか?」
「そうだ。町と街は六割だ。明確な産業が復権しないかぎりそうではない町はジリ貧だろうな」
呂樹をねぐらにしていただけはあって、内情は知っているようだ。説明好きのラジエルが悔しそうにしているが、お構いなしに僕は訊ねる。
「そんな政策で成り立っているんですか?」
「とりあえず首都の呂樹はな。流民の働き口を呂樹で斡旋しているから、呂樹周りは働き口に困ることはない」
「だから呂樹周りでは村が無くなるんですね……でも流民って身分証明書があるんです?」
「あるやつもいれば、ないやつもいる」
「ないとどうなるんですか?」
「働いても金が公式に受け取れないな。それがどうかしたか?」
「僕、ギルドの水質調査を受けていたんです。そのまま放置してきちゃったから、どうなるのか気になったんです」
「たしかシークさんのお名前で登録したんですよね?」
待ってましたと、目を輝かせてラジエルへと僕は頷く。
「でしたら大丈夫です。シークさんが亡くなったことが公式になれば依頼は破棄されます。明日さんに責任はなにも起こりません」
「そっか……」
自責の念に駆られないようにラジエルが気を遣ってくれているようだが、僕もこれ以上自分を傷つけるつもりはなかった。単純な疑問であったのだ。




