036
灰と煤まみれになった僕達が合流したのは、夜中を超えてからだった。隠れ家の谷に埋葬を終えた二人が、聾丹から谷へといける街道の分かれ道で待っていた。
谷の中にある自然洞窟の隠れ家へと案内され、ようやく全員が腰を落ち着かせた。じめっとした洞窟の中は濡れた土くさい。風は吹いておらず、虫の音も遥かに遠く、薄暗い洞窟内には重い沈黙が続いていた。
「少年、俺の判断が甘かった。危険な目にあわせてすまない」
最初に切り出したのはオジさんで、居住まいを正してから僕へ深く頭を下げた。
「オジさんは悪くありません。僕も自覚が足りてませんでした。これからは自分の立場に自覚を持ちます」
僕も頭を下げてからあげると、オジさんはまだ頭を下げていた。僕が頭を上げてからしばらくして緩慢に目を合わせてきた。
「ディーオン……さんは、スキルを返すんですよね?」
「ああ、持っている意味もないからな」
「返した後に僕達の仲間になるって認識でいいんですか?」
「さっき説明されたが、スキルを戻しても私は役に立たないぞ。ドラゴンはこの世にもう存在しないのだからな。そこの天使がよく知っているはずだ」
水を向けられたラジエルは気まずそうに口を開く。
「神獣は世界に何が起ころうとも寡黙です。しかし、領域を侵されれば苛烈に攻撃してきます。私達は同じ天から生まれた神獣を使役しようとしましたが、決裂し、神獣を魔物として排除しました。ですので現在この世界に神獣はいないはずです」
どちらに非があるかは知らないが、こうやって聞き及んだ話しの天使は、かなりやり口に仁儀がないのはたしかだ。僕はそういうやり口が好かない。かと言って正面きってたたかう気はないから、言葉にするのを思いとどまるだけだ。それにラジエルは関与していない。個人ではなく、体制の問題にも思える。
なんにせよ、神獣がいない事実は揺るがない。
「ディーオンさんのスキルって神獣と話せる、でいいんですか?」
「違う。私のスキルは神獣と契約する、だ。契約すれば話すことができるようになる。役にたたないだろ」
淡麗な真顔で言われると、冗談かどうかは分からない。
しかし、こうしてちゃんと対面してみると、ディーオンはかなり顔が整っている。ラジエルは綺麗と可愛いが混ざっているが、ディーオンは綺麗と凛々しいが混ざっている。僕がいた日常では中々見ない顔つきだ。
「あの……神獣いるかもしれません」
ディーオンの顔を伺っていると、ラジエルがおそるおそる手をあげる。全員が次の言葉を待つように視線を彼女に合わせた。
「えっと、ディーオンさんのスキルですが、契約のなかに番いとなることも含まれているはずなんです」
「それは夫婦になったってことか?」
「馬鹿を言うな、ファフは雌で私の身体は女だ」
「どうゆうこと? それがなにか関係あるの?」
三者に総ツッコミを入れられて困り眉にするラジエル。僕も眉間に皺が寄っている。
「契約のなかに番いになった者の子孫を残す、も、あるはずなんです」
「だからどうやって残す。そもそも人間とドラゴンだぞ?」
ディーオンが苛立たしく身体を前のめりにする。ラジエルは叱られた子供のように首をすくめて続けた。
「繁殖行為が行われなくても、契約の力で強制的に生き残ったどちらかが母胎になります。ですので、ディーオンさんに宿っていると思われます」
そんな馬鹿な、と口にしたかったが、呆気に取られてしまった。だが、常識の範囲外を持つのがこのチートスキルなのだ。知識の天使であるラジエルが言うのだから虚言とは思えない。少なくとも僕はそう思う。
「私のここに、ドラゴンの子が宿っているって言うのか? 説明した天使はそんなこと一言も言っていなかったぞ」
自身の腹を指したディーオンに、ラジエルは臆病に顎を引く。するとディーオンは鼻を鳴らして呆れた。
「同僚の怠慢です、申し訳ありません。……あの明日さん、ディーオンさんのお腹へと指をさしてくれませんか?」
ここへ向かう馬上で、ブラディのスキルの発動条件を二人で話し合った。結果、対象に指をさすことで発動することが分かった。ラジエルが確かめたいことを理解して、指をさした。
『お……す』
微かに声がした気がする。でもそれがちょうど外から微かに入ってきた風の音で消えた。この力は声量と同じで、聴こえる距離が遠いほど小さく聴こえるのだ。僕はそれらをディーオンに説明した。ディーオンは驚愕を表情に忍ばせているようだったが、冷然とした態度で僕が近づくことを許した。
『お腹すいた』
今度こそ明確に聴こえた。少し酸いにおいを嗅ぎながらお腹から顔を上げて頷く。
「つくづく度し難いな」
ディーオンはそういうと、壁へと顔を背けて
しまった。
「いつ、どうやって産まれるんだ?」
「時期は前例がないのでさっぱりですが、人間と同じ産道を使い、卵を産むかと」
「それは……色々と困ったな」
渋い顔でオジさんは腕を組んだ。子供を産む要領でドラゴンの卵を産む。一体どうやって? 想像しようにも、生命の誕生すら実際に見たこともない僕には、想像のしようがなかった。
「これから、どうするんですか? 近くの教会へ?」
想像できないことを考えても、今は時間の無駄なので、現実的なことを話題にだす。次の目的地を決めるのは大事なことだ。
「いや街や村の教会にはいけない。彼らはもう俺たちを敵だと認識しているかもしれない」
「あっ……シークさん……」
教会の同行者であったシークさんは、ディーオンの凶弾に撃たれ、ドラゴンのブレスに焼かれて死んだ。事実がどうあれ、ディーオンを仲間にしたのなら、僕達は共犯者だ。
「……すまない」
ディーオンが目礼のように謝罪する。忘れようとしていた憤りが湧いてくるが我慢して、数秒後には頭の先を突き抜けていった。
「……じゃあ剣岳砦にも行かないんですね」
「いや、そこは俺が行くことにする。筋だけは通しておきたいんだ」
強く首を振ったオジさんの目は据わっている。オジさんは人に対して甘いと思うが、それゆえにこういう仁儀に厚いところが好感を持てる。だから嫌いになれないし、惹かれるんだと思う。
「僕とラジエルとディーオンさんはどうするんです? 教会へは行けないんですよね?」
「廃教会を使おうかと思うんだが、使えるかラジ子?」
「ええ、私がいて媒体さえあれば再契約はできるかと」
「ならこの案だな。少年達は廃教会へ向かってくれ。道中、少年のほうにも教会の追手が来るかもしれないが、できるだけ逃げの姿勢をとってほしい、もちろん、命をとりにきたら反撃してかまわない」
「分かりました」
そう承諾するも、敵とみなされば命をとられる可能性があると知り、身体が緊張した。
「その後の話だが、廃教会で再契約を終えたら呂樹を目指してくれ」
「呂樹ってこの地域の首都ってことですよね?」
「ああ、本来の目的ならば、少年を連れて呂樹で俺の師匠と合流することになっている。ラジエルは師匠の身なりを覚えているか?」
ラジエルは頷いた。そういえば目的がころころ変わるせいで忘れていたが、執行者の仲間と合流するのが主目的だった。
「まとめるぞ。少年とラジ子はディーオンの再契約のために近辺の廃教会を目指し、俺は教会との軋轢を少しでもなくすために剣岳砦へ向かう。少年たちは再契約が済み次第、執行者であり俺の師匠であるハルジノーネさんに会う。これでいいな?」
僕はしぶしぶ頷いた。ラジエルもディーオンも了承した。すると、硬かったオジさんの表情に花が咲く。
「じゃあ、飯にするか」
備蓄されていた非常に不味い食料で腹ごしらえをした僕たちは、長いようで短かった一日に区切りをつけた。




