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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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004

「酸欠で記憶喪失になっちゃったんですかね?」


 ラジエルの言葉に僕は同意する。そのほうが都合がいい気がしたからだ。


「転移の記憶障害に合わせて、熊の下敷きになり、酸欠による一時的な健忘。肩の怪我もありますし、暫く安静というところですね」


 そう言いながら、彼女は吸飲みを口許へ持ってきてくれる。


 再び目覚めると、三時間ほど経過していた。ラジエルは部屋の外にいたが、暫くすればやってきて、どこから持ってきたかは知らないが、包帯や、消毒液が入った、近代的な応急キットを広げながら、僕の健康状態を話しはじめた。


「全身の筋肉も損傷していますし、熱もかなりありますので、絶対安静です」


 というのが彼女の診断だった。こちらの本音としては、動きたくても動けないのだが、とにかく従うことにする。


 ラジエルは医者ではないが、医療の知識は僕よりもあった。色々と専門用語が飛び交ったので、頭に入りきらなかった。ただ、医者ではないらしい。


 腰を落ち着かせたので、ようやく、この塩水八十パーセントのような現実をトクとしよう。幸い、ラジエルは質問になんでも答えてくれるのだ。


「ここは?」

「山の空き家を借りています」

「パンは?」

「この空き家の備蓄品ですね。ちょっとカビていますが、削れば食べられるでしょう」


 バスケットのパンの表面が黒ずんでいる。気になっていたがまさかカビだとは。


明日(あけび)さんは、なんでも知りたいお人なんですね」

「……うん」


 気になったことは調べる性格なのは自覚していたけど、いざ他人に言われるとモヤッとする。


「あれから一日半は経っていますが、熊は明日さんが退治したので、当分出てこないでしょう。明日(あけび)さんが動けない間は私がしっかり看病しますので、安心して療養してくださいね」


 僕の質問を先回りしたラジエルはそういうと、僕の頭を撫でた。受け入れるしかなかったので、彼女の手が離れるのを待ち、再度質問する。


「えっと、それってトイレとかも?」

「ええ、はい。歩けませんよね? それに尿瓶を持てますか? 今、手を握れませんよね? もし、ぶち撒けられると、シーツの替えが無いので、アンモニア臭のする布団で寝てもらいますけど、それでもいいなら、明日(あけび)さんの上体を起こして、背中を支えて顔を背ける配慮はしますが、どうします?」


 ラジエルは毅然とした表情で、淡々と起こりうる現実を伝えてきた。僕は痛みのせいで握力はない。吸飲みで飲ませてもらっているのがその証拠で、まともな反論が思いつかなかった。


「でも、ラジエルは嫌でしょ?」

「いえ、全く。人一人の糞尿の処理がなんですか。まあ、臭いはキツイですが、そういうものなのですから、仕方ありませんよね」


 ラジエルは表情を全く変えない。僕のほうが眉間にしわが寄った。


「どうしてそこまでするの? 僕らは親しい間じゃないでしょ」

明日(あけび)さんが天命を授かっているからですよ」

「……そう」


 抑揚のない口調でいうラジエルに、肩を落とした。別に彼女に特別な気持ちを抱いて欲しかったと期待していたわけじゃないのに、なんで、僕はがっかりしたんだ。


「まあ、あとは若い人間の身体を隅々まで調べられるのは、モチベーションとしてはありますね。私、知識の天使ですからね」

「え? ごめん、なんて?」

「私は知識の天使です」

「その前」

「役得って言ったんですよ」


 優しい笑顔で言い直すラジエルを見て、僕は目を細めた。


「やっぱ僕、自分でやる」

「あややっ、勘違いしていますね。若い人間の肉体を間近で見て、触り、記録するのは興奮すると言っているんですよ」

「何にも勘違いじゃないよ! そんな性的興奮する人に任せたくないよ!」

「性的興奮なんて、たしょうは……していますが、頭の中に記録するだけです。糞尿垂れ流しか、私に記録されるかの違いです」

「どっちも嫌だよ?!」


 ここ最近で一番大きな声が出た。そのせいで鎖骨の下から痛みの電気が全身に走って、顔が歪む。


「興奮しないで、落ち着いてきいてください。安静なんですからね」


 僕の額を撫で付けながらラジエルは落ち着かせてくる。彼女の手は熱が出ている僕の額をよりも温かい。


「興奮させること言わないで……オムツとかは?」

「そんなものありません。清潔な布が無いんですよ。そうじゃない布でオムツを作ることもできますが、雑菌が入って感染したいですか? かーなーり、辛いと記憶していますよ」


 融通が効かない者に向けるような微笑みでラジエルはいう。もう、僕が恥を忍んで承諾しないと、前に進まないようだ。


 僕は大きくため息をついた。


「わかった。ラジエルに任せるよ」

「はい。私にお任せあれですよ」


 ラジエルは胸を張って誇らしげにした。


 それからラジエルは宣言通り、しっかりと看病してくれた。出会って間もない、知らない人に世話されるのは屈辱ではあり、そんな彼女の献身に身を任せられる自分がひどく愚かに感じた。


 ラジエルは付きっきりではなく、たまに部屋を離れている時間がある。部屋の外でなにかをやっている音がしているが、それよりも知りたいことを頭の中でまとめる作業をしていたので、とくに訊ねることはせずに、安静を努めて、一刻も早く、邪欲を持つ者から自分の体を取り戻すことに専念した。


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