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「つまり、竜騎士は仲間になったってことでいいの?」
ラジエルを背負いながら、滑りやすい岩肌を飛び降りていく。聾丹の町が燃えているのを確認して、僕達も急いで下山することを決断した。下山中に、僕が気絶していた間の顛末をラジエルが説明してくれているところだ。
「おそらくは」
舌を噛まないように、速度を緩めた時に言葉が返ってくる。その一言にはブラディの離叛した事実が、如実に含まれているのを感じた。
オジさんはこの世界にどっぷりと浸かっているから、オジさん基準では握手をしたら、そこから仲間なのかも知れない。そんなの今時の少年漫画でさえやらないってのに。
僕は背中に柔らかさと温もりを持つラジエルにさえ心を完全に開いていない。誰も、自分さえも信じられない性格なのは重々承知している。それは僕が弱いからであるし、疑心を凌駕できる事柄が宿っていないからだ。
「明日は傷つくのが怖いんじゃないの?」
草葉を掻き分け、風をきる音の中に、耳馴染みのある声がした。身体を止めずにラジエルの吐息を意識するも、ラジエルが発言したようではない。どうやら幻聴が聞こえるほどに僕はまいっているようだ。
「そういえば気になっていたんだけどさ、オジさんのスキルってなんなの?」
なにもなかったようにラジエルに問う。僕のスキルの概要はド忘れによって知らされていないが、オジさんにスキルを与えたのはラジエルだ。ブラディがいた手前、こういった深掘りする質問を避けてきたが、もう裏切りと監視の眼はない。最近、ラジエルはオジさんに関しての記憶を取り戻しつつあるので、この機に尋ねておきたかった。
「スキルの名前はシーリベレートです。右手で触れたあらゆる事象を内包して、左手で解放します」
「あらゆるって、例えば空気とかも?」
「ええ、自身の知識内の事象に触れたのならば内包可能です。ドラゴンを追って飛び上がったりするのは、空気を内包し、凝縮したのちに解放しているからですね」
「それって、反動で死なない?」
圧縮した空気を解放したら、衝撃で五体が満足ではいかないはずだ。なのにオジさんはやってのけているのはおかしい。
「その際自身に空気の膜を覆っているらしいのですよ。ただ、そんな些細な調整ができる代物ではありませんし、私と別れてからかなり鍛錬されたのではないでしょうか」
いや、それでも……。これ以上ラジエルに追及しても喉がスッキリする回答は返ってこないはずなので、オジさんがおかしいってことにしておこう。
つまりオジさんのスキルは、基本が右手で触れたものを内包して、左手で解放するチートスキル。弱点としては触れられるかにかかっているところだけど、オジさんの使い方だと、その辺を克服しているはずだ。それにこの情報を知らなければ、触れた時点で決着がつく。まさにチートスキルだ。
「使い勝手の悪さもありますが、そこにまた制限があるんですよ。でもこれはオジさん本人に訊いてください」
監視の眼はないにしても、言葉にするリスクはあるわけで、そこのところはラジエルはしっかりとしているな、と久々に感心する。
「ですので、明日さんが行く前にオジさんがドラゴンを斃してしまいますよ。それでも行くのですか?」
耳元にラジエルの熱がこもった心配の息がかかる。どうもラジエルは僕に聾丹へ向かってほしくないみたいだ。
「オジさんがドラゴンに食べられているかもしれないし、竜騎士に裏切らているかもしれない。だから行くよ。僕も執行者だからね」
口にすると、自分が執行者であることが肩に置かれたしわがれた手よりも重くのしかかった。
恐ろしく早い二度見をしたが、玉のように白い華奢な手が肩に置かれている。幻聴の次は幻覚か、と胸の奥底がざわついているが、気づかないふりをして山を下り続けた。
妙山の一合目まで降りきっても、西の空はまだ明るい様相を保っている。最初に見た時よりも明るさが横に伸びている気もするが、全容は計り知れない。
「ここからは私を置いていってください。私が行っても足手纏いですし……」
背中で辛そうな声をあげるラジエルは、降りようとして身体を捩らせる。
その時、馬の嘶きが平野の方から聞こえて、お互いに身体をビクつかせた。夜の嘶きは、まだ慣れない。
「馬が来る」
パージのおかげでおおよその方向に首が向いているので、遠くにある小さな影を発見することができた。
「どこですか?」
ラジエルは目を凝らしながら少しズレた方を見ている。実態が掴めないのは恐怖だろうと思い、あっちだよ、と平野の闇に動く影に指をさした。
『あーけーびー』
その瞬間に快活な呼び声が耳に飛び込んできた。隣にいるラジエルが呼んだ訳じゃなく、声は明らかに指をさした方向からしている。中性的な声は何度も僕を呼んでいた。
「あ、あれですね。あれ、もしかしてバサラじゃありせんか?」
ラジエルが影をようやく発見した時には、馬の輪郭が夜の影を落としながらくっきりとしていた。蹄が近づいてきて、鼻息荒く僕の名を呼んでいるバサラが、軽快なステップを踏んで止まった。
『明日、どこ行ってたの? ボク寂しかったよ』
しっとりと湿度の高い鼻が僕の頬にくっつく。どうやら、本当にバサラの声のようだ。
『ねえねえきいてきいて、ドラゴンがね町を焼き払ってたんだよ。ボク、必死に走ってさ、明日の匂いを追ってきたの、偉いでしょ、褒めて!』
呆気にとられている僕は、とりあえずバサラの顔を撫でてやる。喜色濃厚な声でバサラは嘶いた。
呆気にとられている場合ではない。なぜこんな事が起こっているのか、それを考える方が最優先である。考えられるのは一つ、チートスキルだ。人間は馬の言葉は理解できないし、喋っているかも怪しい。直近の僕の変化はブラディを殺したことだ。ブラディのスキルは確か動物を操るだったはず。動物の言葉を理解できるようになった僕の状況と似ている。そう考えられないだろうか。
「ラジエル、僕のスキルについてなにか思い出した?」
バサラを撫でながら、ラジエルへと首を向ける。ラジエルは申し訳なさげに眉を垂らして首を振った。
「僕、もしかしたらブラディのスキルを使えるようになったかもしれないんだ」
「えっ?! そんなこと……あるかもです」
「あるの?!」
「ぼんやりとですが、パージには副次的効果があった気がします」
顎に指を置いて難しい顔をするラジエル。彼女がそう言うならば、僕の想像は固まっていく。
「それが……執行した人の能力を使えるようになること? でも訊いていたブラディのとはちょっと違う気もするんだけど」
バサラと話せていることを説明すると、ラジエルは唸った。
「パージを通したことにより、機能向上されている、または機能改良されているのかもしれませんね」
なるほどな、と僕は納得した。
現象が腹に落ちたところで、聾丹へ急ぐためにラジエルを抱きながらバサラに軽やかに乗った。
『うおおお! 突っ走るぜ!』
いきりだったバサラが急発進し、朱色の空の根元へと向かい始める。
無論、間に合うはずもなく、煤けた顔で逃げ惑う人々、老若男女の慟哭、人命を左右する怒号の中を抜けて、火の海に飛び込んで、現場にたどり着いた時には全てが終わっていた。




