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小川を登っていく。小川が太くなり川と合流し、またその先へと進むと、視界の先に切り立った高い岩壁と、滝が見えてきた。
「行き止まりのようだね」
腹の底を打ちつける轟音の中、シークが大きく口を動かした。首が痛くなるほど見上げる滝は、途中で虹の腹巻をこさえている。滝壺に跳ねる細かな水が霧吹きのように舞い、この場一帯はとてつもなく涼しい。映像でしか観たことのない滝とは違い、迫力が桁違いだ。そんな強大な大自然の光景に見惚れていた僕は、プラックを見やった。
「みたいですね。少し検査用の水を汲んできます」
鬱蒼とした木々に囲まれた滝壺の周りは小高くなっていて、水が汲める岸は川に変化している場所まで急斜面を降りなければいけない。プラックはそこを滑りながら降りていった。
「もやし君かと思っていたけど、結構動けるわよね、彼……え、なに?」
そうですね、なんて失礼な返事ができる訳もなく、濁して答えようとしたら、突然シークは左耳に手を当てて背後へと振り向いた。
僕が振り向こうとする前に、背後にある僕の腰の高さくらいの草から茶色い何かが飛び出してきて、シークへと突撃した。
「シークさん!」
腕で突進を防いだ姿勢のまま、五メートル程下の滝壺へと、突進してきた猪と共に落ち、白い柱を上げた。
野生動物には充分に気をつけていた。獣臭もしなかったのに。いや、とにかくパージを使って助けないと。
パージを起動した途端、僕の身体は後ろへと方向を変える。半身になって右手に持ったナイフを突き出すと、金属音がして、ナイフの左側に押し込める力を感じた。
僕の視線が追いつくと、鎧を着込んで細身の剣を持った、冷たい眼の女性がいた。マフラーのようになったフードと一緒にはためく赤髪、それと光を宿さない眼で、ドラゴンの背中にいた女性だと判別できた。
女性は無言でナイフを弾き、剣を横に振り払った。僕の身体は飛び退いて、距離を離す為に斜面を下っていく。
女性はそれ以上追って来ずに姿を茂みの中に隠した。あれは間違いなく竜騎士だ。探していた竜騎士だ。
「な、なにが?! シークさんは大丈夫なんですか?!」
降りきったところに、水を汲んでいたプラックが狼狽えながら滝壺の方を見た。
水柱が立ったところに目をやると、赤いしみが水面に浮かび、色を薄くして広がっていた。ボコボコと泡が弾けているものの、猪もシークも浮かび上がってこない。僕は最悪の予想をしてしまう。
飛び込もうとした時、上空から殺気がして、首を上に向けると、鳶が急降下してきていた。鳶の鉤爪を躱し、躱しざまに羽を斬りつける。翼力を無くした鳶は砂利地面に激突して、きいきいと鳴いて踠く。僕の身体は首を断ち切って黙らせた。
「ぐあっ!」
プラックの叫び声の方を見ると、プラックの右肩に矢が刺さって地面に倒れ込むところだった。
「プラックさん!」
駆け寄ろうとしたが、身体がそれを許さない。思考は、プラックの肩に刺さった矢の向きで予想した場所を勝手に突き止め、対岸を見やった。
滝の音の中に、矢を発射する音を聴いた。矢を目が捉えて、それがプラックを狙ったものだと断定すると、身体は対岸へと跳躍していた。
プラックの悲鳴を空中で耳に入れながら着地する。矢を射出した場所までやってくると、赤髪が木々の間に消えていくところだった。
僕の身体は追う。その間に、混乱を極めた頭を冷静にさせていく。
これは異常だ。猪に鳶が連続して襲ってくるわけない。ブラディのスキルが使われている。僕と別れた後にオジさん達に何かあったに違いない。あと、くそっ、この身体最低だ! 自身が狙われていないと分かったら人を囮に使った! 僕が身体を抑制できれば、矢を落とすことだって可能だろう。それくらいできるだろ、このスキルわ!
叱責を自身のスキルにしていると、赤髪の背中を捉えた。赤髪の右腕が大きく引かれたのちに、僕と冷酷な眼を合わせる。彼女の顔と、弩を持った右腕がこちらに向けられていた。
かしゅん、と音を鳴らして矢が飛んでくる。僕の身体は矢を避けることはせずに、矢をナイフで打ち払った。
やっぱりできるじゃないか、当てつけか?!
竜騎士は逃げる足をさらに早める。向かう先は滝側であった。だが、そちらは大きな壁があるだけなのは分かりきっている。
目で追っていた尻尾のような赤髪が壁近くの木に隠れたあと、見失ってしまう。
忽然と消えたことに、身体も動揺して動きを止めた。目の前は切り立った壁、左側は滝壺、右は少し開けた木々、右へ逃げたなら見逃すはずがない。上か、と木の上を探すも、見当たる赤色は木の実だけだった。
ではどこへ? 考えて、一歩身体を滝側の木へと預ける。目の前を風切り音を鳴らして矢が飛んでいった。矢は、右手の木に刺さって、軽快な音で振動している。
咄嗟に僕は身を低くして、滝側から見えないよう木の背後に身体を隠した。
飛んできた方向から、滝側から撃たれたのだ。だとすれば、一瞬にして竜騎士は対岸へ移動したことになる。そうだ、そもそも最初に刃を交わせた時は、あちらの対岸にいた。そして直ぐに、僕が今いる側から狙撃していたではないか。
考えられるのは、この近くに反対側へと移動できる場所がある。もしくはそういったスキル。だが移動するだけならば、もっと効率の良い使い方ができるし、竜騎士の所以が成り立たない。前者だ、と僕の思考は決定した。
ぽてん、と頭の上に軽い感触がして足元に赤い木の実が落ちた。上を見ると、リスが枝の上をちょろちょろと走っていくところだった。
あのリス、さっきの水辺にもいなかったか? 普段ならリスの違いなど知りようもないが、そう思ったということは、パージが警告していることになる。あのリス、ブラディの傘下か!
思いついた時にはもうリスの姿はない。
考えを上書きしなければ。僕はリスに見張られていて、位置は把握されている。竜騎士は地形を利用して、波状攻撃を仕掛けてくる。こんなの僕一人でなんとかなるわけがない。
オジさんの計画は破綻している。それとも、こうなることも織り込み済みだったのか? ブラディが裏切り、竜騎士と手を組み、そこを一網打尽にする計画だったの? その役目は僕だったのか! ああっ、くそっ、僕とパージの思考でぐちゃぐちゃになるな!
纏まらない思考に感情が逆立つのがわかる。
右目が遠くにある鏃を発見した。僕の身体は前転して、矢を回避した。矢は軽快な音をあげて壁にぶつかった。
立ち止まって考えている暇はない。このままでは殺されてしまう。僕が、二人を……制圧する。幸い、ドラゴンはいないのだから。先ずは竜騎士からだ。




