第六章
「やられたな」
ブラディは崩れた橋を見つつ、馬上にいる英雄へ嘲笑を含みながら投げかけた。
対岸にいたシークは、先に行っている、と言い残し、明日を連れ馬を走らせて行ってしまった。明日が教会の人間に連れ去られた事実は、英雄に僅かな動揺を与えていた。
「どどど、どうするんです?! 本当に回り道なんてあるんですか?! あったとしても、どれくらいの距離なんです?!」
背中越しから感じるラジエルの動揺を冷静の糧にし、英雄はブラディへ視線を向けた。
「ブラディ、スキルを使えば、少年を監視できるか?」
ラジエルが息を呑む声がする。
「な、何言っているんです?! 不正者がスキルを使えばどうなるかはご存じでしょ?!」
「それは新たに使えばだ。ブラディはラジ子等を監視するために使用している。そのままなら、二体は使役している状態のはず、だろ?」
「鳶と栗鼠がいるな。だが気配が判らんから近くにいるかは知らん」
「俺のスキルを解除すれば、それらを使い追跡はできる。ラジ子も少年の安否は気になるだろ?」
「それは、そうですけど」
振り向いた英雄の透き通る茶色の大きな瞳が、威圧的に感じたラジエルは首をすくめる。
「ブラディが新たにスキルを使えば、その時は交渉が決裂する。そうだろ?」
ラジエルの持っていた懸念事項を口にすると、ラジエルは細い眉を困り眉にして口を閉ざした。
「元からそのつもりだろ」
「だから、あんた次第だ。俺はあんた達を旧来の仲間だと思っている。執行させないでくれ」
ブラディは、英雄の得体の知れない信頼が、どこから来ているかを知った。
この男は優しく、臆病なのだ。私と変わらない臆病を持っている。そう理解した時、胸の中に不快感が湧いた。その不快感を解読しようとしたが、モヤモヤと煙のように実体を掴ませなくて、ブラディは舌打ちをする。
「お前は私に何をしてくれる?」
怒りを乗せて言葉にした時、ブラディの心を覆っていた煙が晴れた。
私はこの男に求めていたのか。かつて求めた仲間を。そしてこの男もかつてあったであろう仲間の影を私に投影しているのか。
「俺はあんた達と共に戦えるし、帰ることができる。だから、手伝ってくれ」
英雄は馬から降りて頭を下げた。ブラディの馬の手綱を握る手に力が入る。過去に失ってしまった誠実さは、現在のブラディにはヤスリでしかなかった。
「友よ。貴方には温かい家と、明日の食事を心配しなくていい金銭と、寒さに震えることのない着物を授けましょう。貴方は私の部下ではない。友だ。貴方が私に寄与してくれた事を鑑みたら、これくらいのことしかできないわたしが悔しくて堪らないよ」
全てを成し遂げた後に、ギョームにかけられた言葉が呼び起こされた。そして、前世での強烈な体験も滲み始めていた。
積まれた死体の中に仇敵が横たわっている。ブラディは仲間の兵士二人に脇を羽交締めされながらも、叫んだ。
「こいつは生きている! この銃弾をぶち込まなきゃすまない! こいつはレイシストで、対立する人間を人間と思わない奴だ! この手でぶち殺してやる!」
ブラディの目の前で、肉親が切り刻まれた後、狼の餌になった。その原因を作った男を殺すことに、ブラディは生涯を費やしていた。自分の手で因縁の決着をつけたかった。だが、果たされずこの世界にやってきた。
「なぜ前に出なかった! あそこでてないから、あいつは死んだぞ!」
ブラディは机を叩いて、仲間の戦士に叱責する。
「あんたはいいよな! 後ろから指示しているだけでいいもんな! 一つ一つの行動が死ぬかもしれない俺達とは違うもんな!」
「私も死に物狂いで斥候をしている!」
「戦闘になれば参加もしない。で、俺達が全滅すれば、いつもでも逃げられる準備をしているんだろ?」
片方の口角を上げた戦士の言葉は、吹っ切れるのには容易かった。
仲間は差別主義者達の集まりで、友は冬の家屋のように温かい。この世界の二十余年で、過去の復讐心は消え去っていた。そして、新たな復讐心を抱きながら、ここが終の住処にすると固く決意した。
「分かった、手伝おう。私はこれからはオジの仲間だ」
英雄は臆病だ。だがそれでも信念が消えず、前へ進める男。一人でも生きていける男なのだ。ブラディにはまるで、野心家であった若い自分を鏡像のように見せられているようであった。それが不快感の正体であることは、腹の底に落ちていた。
「そうか、よかった。な、ラジ子、人と人は分かり合えるものだ」
屈託のない笑顔で、苦い顔をする天使に語りかけるのを横目に、ブラディは突然戻ってきた全能感のなか、鳶と栗鼠の気配を察知した。
「あっちだな。あちらに橋がかかっている」
対岸を指差してブラディは、当初の夢と、腹の底に隠した殺意の名簿に英雄の名前を刻んだ。




