028
「見えたよアケビ」
嵌唐を出発して五日。ようやく聾丹の町を囲む石壁が遠くにあるのを、シークのしっかりとした腰に抱きつきながら見留めた。
僕とシークはバサラに騎乗している。旅の荷物が軽くなったので、全員馬に乗って山越えをすることになったのだ。
バサラに乗ると、豹変したように暴れ出し、僕一人で走り出しそうになった。咄嗟にシークさんが飛び乗って手綱を代わってもらったけど、バサラは止まらなかった。そして、道中のあばら橋を破壊して渡ってしまったのだ。
渡った僕ら側は林が深く、他の橋を探していられず、聾丹も近いことから、回り道をしなければならなくなったオジさん達を置いて、僕達だけが先に聾丹に辿り着いてしまったのである。
後ろを振り向いても、三人の影はない。
「大丈夫だよアケビ、三時間くらいの差だ、皆とすぐ会えるさ。それにあたしがいるだろう?」
ウインクするシークに何も答えられなかった。こうしてラジエルと離れるのが初めてなので、シークがいたとしても一人ぼっちで放り出された気になってしまう。
「なに? あたしじゃ頼りない?」
「いや、シークさんみたいな綺麗な方と二人っきりなのが緊張するだけです」
シークが眉を顰めたので僕は慌てて答えた。あながち、嘘ではない。
「あっはっはっは、子供のくせにおべっかが上手いんだね。ほら、もっと腰に手を回しな、振り落とされるよ」
「は、はい」
言われたとおりに腕を回して、背中に頬をつける。シークの身体は筋肉質だ。でも柔らかいところは柔らかい。女性なのだな、と感じさせた。
聾丹の町の検問所へやってくると、シークさんが身分証明書を提示する。この検問所を運営しているのは呂樹であり、つまるところ国営だ。だから大きい街や、活気のある町は目が厳しくなる。旅の宿でのラジエル先生の教えだ。
検問所の赤い服と簡易な鎧を着込んだ髭の長い男が、僕等を観察するように目を動かす。
「要件は?」
低い声で男は睨む。
「この子の炭鉱見学と、教会のお使い」
ぶっきらぼうにシークが答える。
「この町にエヴェル教会はないが、なんの使いだ?」
隣にいるシークの温度が変わった。
「あたしの証明書が偽造だって言いたいのね? それはつまり、あたしの信仰が嘘だって言いたいんだね。お前、名と所属を言いな。覚えてあげるわ」
男はシークの勢いに身を引いた。
「わ、悪かった。ただ、面倒ごとは起こさないでくれ」
「起こさないわよ」
シークは返ってきた証明書を受け取り、行きましょ、と僕に声をかけ、門の奥へ歩き出す。僕は、おっかないな、と思いつつ、甘えてくるバサラを引いて後を追った。
「門の前で待った方がいいんじゃないんですか?」
「先に宿を取った方が、アケビ達の仲間探しがスムーズにいくでしょ。それに聾丹の町は広くない、中にいる限り探せるよ」
それもそうか、と納得して二人で今晩の宿を探すことにした。昨晩は野宿だったから、硬い土ではない場所で寝たい。
僕達は嵌唐で泊まったような、せせこましい宿を見つけ、そこで寝泊まりすると決めた。空いていた部屋がベッド二つで、あとは綿のないぺしゃんこな布団で雑魚寝になる大部屋だけであった。これはまたブラディが舌打ちをするだろうと簡単に予想できる。
なぜこんな簡素な宿しか取れない理由は、オジさんの懐が寂しくなっているせいだ。移動に時間を食い、日銭を稼いでいる余裕がないのが原因でもある。
「なにか、日銭を稼げる仕事はありませんか?」
シークがバサラを厩に預けている間に、僕は宿屋の主人に尋ねていた。
「日銭ねぇ、炭鉱夫は稼げるけど、定員割れしているみたいよ。ほら、どこも皆食い扶持不足だから」
ふくよかな高齢の女性が頬に手を当てて答えてくれる。道中、泊まらせてもらった村でも、税がキツいやら、作物が不作やらとの不満が耳にした。
「首都はそんなことはないらしいけど、移民や流民の多い地方はたまったもんじゃないわよねぇ。頭の良い人は、そこんとこがわかんないのかしら」
「そ、そうですね」
この世界の情勢はまだ勉強していないので、苦笑いで相槌を打っておく。この主人はちょっとお喋りみたいだ。
「あ、そうだ。いい仕事があったはず」
主人が手を打って弛んだ頬が揺れた。
「え、あるんですか?! どんな?!」
「あっ……いやあ、でも坊やだとちょっと危険かもね」
「危険でも大丈夫です。慣れっこです」
この世界に来て二週間は経つが、半分は危険に見舞われてきた。多少の危険は目を瞑るしかない。これから剣岳砦までの道程、すべて野宿は、流石に身体が壊れそうだ。
「そうかい? ギルドが発行している妙山の水質調査ってやつなんだけどね。これがまた山の深くで、ここいらの地元民でもいかない場所なのよ。しかもこれが高額ときているもんだから、人攫いだって警戒して誰もやりたがらないのよ」
人目のない場所の水質調査で、普通の水質調査よりも高額。怪しさ満点ではある。高校入学前にバイト探しに勤しんでいた僕には、その怪しさが分かる。
「てもギルドが発行しているんですよね?」
この世界にはギルドという通称の商会がある。ノルン国が誕生する前から各地の商人達が、国とは違う独自の団体を立ち上げて、たくさんの地域で仕事を斡旋して、生活を成り立たせているらしい。ギルドが発行した仕事は、国営の仕事よりも信用度は高い。無論、中には悪質なものもあるので、鵜呑みにしてはならないのだ。人を疑うことに対し呑気な僕に、ラジエルが二回説明したので覚えている。
「この町のギルドは国とズブズブだから信用ならないのよ」
主人はため息混じりに呆れた。
「もしやりたかったら、酒場の掲示板に貼ってあると思うわ。でもオススメはしないわよ」
僕は礼を言い頭を下げ、戻ってきたシークにその話しをした。
「ふうん。いいよ、あたしも付き合ってあげる」
宿屋の入り口カウンターが見える壁際で、シークは愉しそうに僕へとウインクをした。
「え、でも、どちらかが残っておかないと合流できないですよ」
「アケビ一人で行かせられないでしょうに、それとも合流してから請け負うかい?」
合流した時には陽が落ち始めるころだろう。そうすれば仕事はできず、次の日からは竜騎士探しが始まる。それではまたオジさんに頼りっきりになってしまう。僕も、寄り添ってばかりではいけないのだ。この世界で生きる人達を見て、その衝動が抑えきれなかった。
「いいえ、僕がやり遂げたいんです」
「うん。いいねそれでこそ男の子ってもんだね」
嬉しそうなシークに頭をくしゃくしゃにされる。子供扱いされているのが少し癪に触ったが、そこに反駁すればもっと幼く対応されそうで口を噤んだ。




