025
「おっ、美味しい! なんですかこれ! タレですか?! 肉の柔らかさなのですか?!」
目抜通りにあった串焼き屋に入ると、混雑していたので、二階の団体部屋に案内された。六人がけの室内では、僕とラジエルが並び、対面にオジさんとブラディが間隔をあけて座っている。入り口側にいるラジエルは、初めて食べたタレ付き焼き鳥に騒いでいた。
もくもくと目に沁みる煙が、僕の左にある竹格子が嵌められた丸窓の外へと流れていく。窓の外からは喧騒が聞こえてきて、夜に映える明かりに惹かれているのか、まだ人々が道を歩いている。昨日までの、自然の喧騒な夜とは違い、都会の喧騒な夜に僕は安心していた。
「明日さん、明日さん、美味しいですよ! 食べないんです? あ、食べにくいなら串から取ってあげましょうか?」
外の陽気な雰囲気にでも当てられているのか、ラジエルは顔を赤らめて僕の腕を揺さぶった。串焼きを串から取るのは規定違反だ。それにいつまでもラジエルに甘えてはいられない。
「いやいいよ、自分でやるから」
僕は育てていた串をひっくり返しながら、いつ話し合いが始まるのか、とオジさんに目配せをする。オジさんと視線が合い、ウインクされた。
「さて、今後の話だな。最終目的地は剣岳砦だ」
ブラディは酒をお猪口で煽って飲んで、凄んだ眼をオジさんに向けた。
「お前まさか、あの魔物を倒すとか言うんじゃないだろうな」
「その、まさか」
オジさんは両手を広げて得意顔になり、ブラディの額に青筋が浮いた。
「あれは魔物だぞ! 魔物は魔術とスキルなくして屠れんのだぞ! 分かってるのか?!」
「魔術はこの国では使えないし、スキルは不正者がいるから新たに賜らない。分かっているさ」
オジさんの声は笑っているように聞こえるが、全くの無表情である。それが妙に怖くて、ブラディも戸惑った顔になった。
口惜しくなって、皿の上にあった肉を口に入れた。現代の焼き鳥に慣らされた舌では、絶賛できる味ではない。
「私達であれを屠るのか?」
ブラディの言葉で、僕はあの晩のことを思い出す。黒い剣、馬の嘶き、ラジエルの肉片、ゾンビ、それを刺し殺す感触。口の中で噛んだ肉の汁が弾けて、口内を火傷してしまう。
いつの間にかラジエルは落ち着きを取り戻し、真剣な表情で口を結んでいる。
「この四人では無理だな」
「ではなぜ向かう。むざむざと死にに行くのはごめんだ。それならば即刻私を解放しろ」
「剣岳砦は最終目的地って言ったでしょ。次の目的地は北東の鉱山」
「なに?」
肩をすくめたオジさんに、ブラディの片眉が上がった。
「ラジ子、この嵌唐から北東の地図、覚えているか?」
「えっ、はい。ええっとたしか……そうですね、該当するなら壟丹でしょうか。ですがこの鉱山は既に取り尽くしたと記憶していますが……」
「あの、どうして鉱山に向かうんですか?」
話の腰を折ってしまうんじゃないかと、おそるおそる片手をあげて訊ねる。それでも訊ねたかった。
「少年はドラゴンがどの方向へ飛んでいったかは覚えているかな?」
僕は眉間に溝を作りだすも、思い出せない。そもそもあの時は必死だったし、状況もなにがなんだか分からなかったから、飛んでいった方角なんて覚えていない。
「あっ」
ラジエルが思いついたように声を上げる。次いでブラディも声を上げて、充血した目を見開いた。
「お前、まさかっ」
「そう、竜騎士を仲間に引き入れる」
オジさんの声が遠のく気がした。だってそれは、不正者を正さないといけない僕達の目的とは、相反する発言である。
「無理だ、あいつは誰にも靡かない。だからこそ一目置かれているんだ。それに飛んでいった方向だけで、どうしてそこに竜騎士がいるとわかる」
「ラジ子は分かるよな?」
「え、ええ。ドラゴンは神聖な生き物で、ドラゴンが住まう場所には福が訪れます。それがドラゴンが持つスキルの特徴ですから。なので、枯れた鉱山が復活した話しと照らし合わせると、そこにドラゴンがいる確率はあがると思います」
「そのとおり、ももを差し上げよう」
オジさんはラジエルの皿の上にもも串を置いた。
僕の心がささくれ立ち始めているのを感じる。ブラディの言う通りに、竜騎士までもが交渉に応じるとは思えない。それにあの人は、人道倫理に欠けている。ブラディもそうだが、仲間にはしたくないのだ。
「で、でも、あの女性は不正者、なんですよね?」
一瞬の静けさは脂が炭火に落ちる音で弾けた。
「もちろん、攻撃してくるだろうな。俺達の目的は不正者を正す。ただ、正し方は執行者に任されている。そうだよな、ラジ子」
「え、ええ、まあ、スキルが返還されるならば過程は問題ではありませんが……」
ラジエルの表情は暗い。それもそうだ、その過程が大変なのだ。暗殺を実行すれば、スキルは楽に戻ってくる。僕達のスキルはそれに適しているはずだ。たぶん。オジさんはそれでも、最終手段としてその道を選ばないつもりだ。実行できそうにない僕には、話し合いで解決できるなら、その方が善く見える。だけど、そう簡単にいくものであろうか。
「俺と少年、改心した爺さん、温厚なラジ子。この手札があれば、制圧、協議、協力がスムーズに進むはずだ」
戦いになるのは決定らしい。またあのドラゴンと戦わなければいけないのかと想像する。
焦げた炎のにおい、火炎の熱さ、それらを思い出し、目の前の肉が未来の自分を想起させる。僕は目を瞑って頭を振り、悪い想像を振り払った。
「もう一度言う、竜騎士は誰とも群れたがらない。決して言葉では籠絡できんぞ」
「忠告どうも、だが、俺達は元々魔物を屠るためにこの世界に来たはずだろ? あんた達はこの現状が壊れ、またあの死臭に慣れた世界に戻りたいのか?」
「……勝手にしろ。忠告はしたからな」
ブラディは酒を煽って呑んでから、串焼きに専念し出した。
「でも仲間に引き入れても、不正者はスキルを使えませんよ?」
ラジエルが言うと、僕はハッと気づいた。そうだ、彼らがスキルを使えば、不条理に変わってノルン国外の人々の寿命を奪う。
「一応解決策はあるが……」
オジさんは人差し指をピンと立てた。
「天の意思しだいだな」
「どういうことなんですか?」
回りくどい言い方をするオジさんに僕はくってかかった。オジさんは正しいし、信頼はできる。だけど人より局面が見えているせいで、劣っている僕は小馬鹿にされている気がしてならない。そう考えるのは卑屈であろうか、と胸の内に訊ねるも、答えは是であった。
オジさんは緩んでいた頬を引き締めて、精悍な顔つきになった。僕は想いが見透かされたのかと思い、自然と背筋が伸びた。
「彼らがスキルを変換し、そしてもう一度天命を受けてスキルを賜ればいいんだ」
俺のようにな。オジさんは付け足してからつくねを喰んだ。
「そんなことできるんですか?」
「分からない。天が赦してくれるならできるかもな」
オジさんは食べ続けながら、ラジエルへと視線移動させた。僕も倣う。ラジエルはどちらの視線も交互に受け止めて、伏し目がちにため息を吐いた。
「不正者が返還の意思を示せば可能かと……」
今度はブラディに視線が集まった。気にせず酒を煽って呑んでいたが、お猪口を机に叩きつけるように置き、今日一番の大きな舌打ちをした。
「私は、お前達を、信じない。スキルを、返すつもりは、ない」
赤土のような頬で言い切られて、溝が深まった気がした。
ブラディはどうしてそこまでスキルに固執しているのだろう。ずっと疑問のままだ。口に出さなければ解消はされないのは分かっている。でも、口にしても消化できる回答が返ってくるかもわからない。腹を割って話す場なのに、僕は踏み込んではいけない質問なのだと決めて、店を出るまで口に出すことはなかった。




