第四章 ①
「こちらに厩があるのですよ」
英雄、明日、ラジエルがただの紅茶になった飲み物を飲み終えて少ししてから、オラクルは預けていたの馬の話をし、三人を馬の元へ案内することにした。
全員がパーティションの向こうにある外へと繋がる扉から出ると、テーブルクロスの下から一人の女が結んだ栗色の髪を垂らし、顔だけを覗かせた。
「いった?」
礼拝堂側の壁へ語りかけると、壁がカーテンのように自動的に開かれて、礼拝堂が顕になる。四十脚は置かれた長椅子の一番前に前屈みでかけている、ボサボサな黒髪の女は大きくため息をついた。
「サーチャー先輩、あの人、怖すぎますよぉ。カモフラージュ越しの私と目が合いましたよ。絶対、合いました」
壁は、青いカーテンに投影された合成背景であった。英雄は合成だとは気づいてはいないが、カーテンの奥に人間がいるのには気がついていた。もちろん、机の下のサーチャーにもだ。
「ほんと、それ。あの男、テーブル裏に張り付いているあたしにも気づいていたと思う。ビジョン、あたしの汗みてよ。全身超びっしょり」
サーチャーは床に着地し、テーブルから這い出て、汗で張り付いた黒タイツの首元を扇ぎ、全身を冷やしていく。ビジョンはそれを充血した目で脳裏に焼き付けた。
オラクルを旗下とするオラクル隊の目的は、青い箒星の調査であり、国外の人命が奪われる、薄命期が始まるまで、この町に滞在する予定であった。
ハクはオラクルへ魔物と出会った少年達と報告したが、オラクルはハクの微小な変化で他にも何か隠していると感じ取っていた。その為に明日達を試したのだった。
「あの男、毒を躊躇なく飲んだね」
サーチャーはビジョンの隣に腰掛けた。お互いの熱気が生を実感させ、肩をくっつあった。
「毒って言っても、痺れ薬ですよね」
「あたし達は分かっているけど、相手は分かっていないよ。それでもあの場で最初に飲まないといけなかった。あんたできる?」
ビジョンは大きく首を振る。致死毒かもしれないものを口に含むなんて常人ではできない。だからこそ、二人は恐ろしかった。
サーチャーは、最後の水浴びが五日目になるビジョンの体臭の芳ばしさに、やきもきし、彼女の梳いていない縮れた長い髪を鼻元に持ってくる。この芳ばしさが病みつきになってしまうのは、隊の中ではサーチャーだけであった。
「あたしも無理。あっちの状況だったら、実力行使している」
「二人の子供を庇って戦うのが不利だったのでは?」
髪の毛についた脂で、ぬめりとてかる指をビジョンの太腿で拭くと、ビジョンはくすぐったそうに下半身を動かした。
「たぶん、初手であたしの顔面を膝でかち割って、オラクル姐さんが動いたら、あたしとテーブルごとひっくり返してた。そこからはアドリブだね。で、あたし達が負ける、もしくはあんたが逃げてる。そうなるのをあたしでも想像できるんだから、あの男はもっと先の手を読んでたはずだよ」
「わた、私は先輩達を放って逃げませんよ」
「そうだね。あんたは逃げない。あたしか姐さんが指示するの。あんたは仲間を見捨てない偉い子」
サーチャーはビジョンの頭を撫でる。ビジョンはサーチャーの肩に頭をあずけて、彼女の優しさを目一杯享受した。
サーチャーは、もう一度芳ばしさを肺一杯に溜め込み、そろそろお風呂入れてやらないとな、と決心した。




