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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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第三章 ①

 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 ブラディ・ロングは怯えていた。青い箒星を追って、そこに落ちていた人間二人を監視している最中に、魔物を見てしまったからだ。


 あれは確かに魔物だった。十数年前にパタリと見なくなったのに、あんな人を殺すだけに特化したものが、また現れたとなると、とうの昔に忘れた天命を思い出してしまい、背筋が寒くなり、しわがれた両腕で身体を覆った。


 あの二人を追う任務なんて請け負うべきではなかった。竜騎士だけで、ことが済んだはずなのだ。正確な位置を把握できなくとも、ドラゴンの鼻があれば時間はかかっても見つかるはずだ。私はもう、静かに暮らしたいだけなのに、なぜ冷静でいられなかったのであろう。木立に作った簡易宿の中でブラディは震えた。


 二日目に差し掛かった大雨は、簡易宿の枝葉で作った屋根を剥がす勢いの風で荒れている。監視対象は三人に増え、三人目は教会のものだと服で断定していた。

 

 当初の監視対象である二人に差し向けた熊が、人間離れをした動きで屠られてから、ブラディは実力行使を控えていた。あれは、同じスキルを持った人間である。しかも、自身より優れたスキルだと決めつけた。その決めつけと、この付近に人間を死に至らしめるほどの毒を持つ生き物がいないせいもあり、ずっと鳥を使って監視するしかなかった。


 今日のなにも動きのない報告書を、鳩の脚についている筒に入れて飛ばし、また身体を丸める。雨は降り続け、草葉に打ちつける雨音でブラディは故郷を思い出し、震えを小さくした。


 この世界に来てもう三十数年である。戦場で騎乗中に頭を撃ち抜かれ死んだと思ったら、いきなり教会のような石造りの建物の中に移動しており、混乱の最中、天使とやらが現れた。


 この世界にいる魔物を討伐し、魔王を討ち果たしてほしい。そう願われたのを克明に覚えている。願いを果たせば、もう一度あちらの世界で生きながらえられる権利を授ける、と天使は言った。未練があったから頷いた。


 ブラディはその時のことを思い出して頭を抱える。間違いだった。魔法のような力ーーこの世界ではスキルともいうものを授けられた。ブラディのチートスキルは動物を三匹まで使役し、目を共有することができるものだった。


 どれだけ人間に懐かない動物でも、視界に入れて指をさせばブラディに従う。虫から人間以外の哺乳類全てを意のままにできる優れたスキル。人間に対してはかなりの優れものであった。


 だが人間に対しては有効的なものでも、魔物に対しては無力に等しかった。魔物は自然動物を遥かに凌駕しており、正面からの力では天命を全うすることが無理である、と一年も経たないうちに悟った。


 それでも、諦められなかった。ブラディは元々戦士であったから、簡単にその矜持を捨てられなかった。自身のできる最大限の力を持って、元の世界に戻り故郷の大地を踏む、と誇りを胸に行動した。


 しかし、仲間を集っても、自身ができることが斥候が限界である。そこに戦士の血と指揮官であったことから戦いに指示を出すことが多く、なんなら前衛の戦い方に不満を垂れることもしばしばあった。


 他の魔物と正面から戦うチートスキルを持つ者からは、命をかけない役立たずと排斥されるようになり、集団から自ら抜けて孤独になった。


 どうして私のスキルは戦士のスキルではないのだ。斧や槍を持ち、銃を持ち、突撃させてくれないのだ。あの天使は、なぜこのスキルを渡してきた。


 奴らはなぜ斥候の有り難みがなぜ分からない。戦争を、闘争を経験していないお前達が、書面でしか知らないお前達が、なぜ私を詰れる。お前達が心地よく寝ていられるのは私がいるからではないのか? 魔物の強襲に遭わないのは私のおかげではないのか? 私達は同じ目的を持った同胞ではないのか?!


 ………もう、いいか。


 孤独は精神を蝕んだ。ブラディはチートスキルを使い、不当に稼いだ金で酒を煽るようになった。そうして戦士でいることをやめた。


 そんな燻った日が八年続いたある日、ある男が魔王を討ち果たしたとの一報が入った。半信半疑のなか魔物が数を減らし、天使達がチートスキルを回収しにきたことで、真実味を帯びた。


 ブラディにスキルを授けた天使、エジェルは、幾人もスキル持ちの人間を抱え、殆どがブラディのように天命を全うしなかった。エジェルはそれらを軽蔑し、視界に入れるのも不快で、監視を怠った。結果、怠惰なスキル持ちが蔓延ることになる。百の種を蒔き、一が実のれば、結果としては両手を上げる成果なのだ。それにスキル持ちを把握する輪と、どこへでも素早く移動できる羽を持つ天使にとっては監視を怠ることは些事なことであった。


 等価交換を念頭に置くエジェルは、天命を全うできなかった人間を元の世界に帰す気はさらさらなかった。そこは天使達各々の匙加減であり、全うしなくても帰す天使もいれば、エジェルのように帰さない天使もいた。そのいい加減さが仇となった。


 ブラディは、エジェルによって殺害される同胞を使役した動物の眼で目撃した。


 同胞はスキルを返すのを渋っていた。だから殺害されるのは、まだ理由としては納得できた。反対に、快く返した奴らも、エジェルの光る腕に触れられると、魂が抜けた人形のように倒れた。ブラディは、どちらも目撃したのだ。


 天使はどちらにせよ、スキル持ちを殺す気なのだ。腑抜けた心がカッと燃え、ブラディはその噂を広めた。


 噂を広めながら、逃げて、逃げた。だが、天使の目からは逃れられず、エジェルはブラディの前に現れ、スキルを奪取しようとした。


「殺さないでくれ」


 後退りながら涙目で懇願しても、エジェルは微笑みを崩しはせず、平坦な物言いをする。


「安心しなさい。楽になるだけ」


 もうダメか、と諦念が湧いた時、エジェルが突然苦しみだして、喉を押さえながら地に伏した。


「ブラディ・ロングさん。危ないところでしたね、もう大丈夫。天使は無力化しました」


 訳も分からず声のした方を見ると、涙でぼやけた視界の中に、男がいた。それが現ノルン国王、ギョームであった。


 ギョームは元から天使の所業と、この世界の構造を訝しんでおり、世界を正すための手始めに、天使を殺す手段を講じていた。英雄が魔物を消し去ったことにより作戦は開始され、募った臣下と共に実行へ移されたのだ。


 ギョームが天使を赤黒く光る鎖で縛りつけながら簡易的な説明をした。


 目の前で不死の天使を無力化してみせたギョームに、かつて見た圧倒的な力を持つ領土侵略者の陰をブラディ思い出し、その場でギョームに傅いた。その後、作戦に参加し、ノルン国を肥大化するため天使を無力化し、殺し、拷問の果てに抜け殻となった天使を土地へと浸透させた。そうして二年後、天使が降りてこなくなった。




「殺されるとは、どういうことだ?!」


 報告用の鳩から渡ってきた報を読んで、居ても立っても居られなくなったブラディは、ノルン城の王の居室で叫んだ。占い師が、スキルで未来を占い、天使が執行者なる者を連れて、我々が殺される未来を予見したからである。


「心配はいらない、予見は変えられる。もう既に手はうってある」


 簡素な居室の安楽椅子に座り、陽光が差すガラス窓の外を見ているギョームは落ち着いていた。だが、ブラディは落ち着いていられなかった。


「占い師の予見は外れたことはない」


 揺れる安楽椅子をギョームは止めた。


「わたしが外れないようにしただけだ」


 戦場で感じた胸を圧迫する気。居室の空気が、吸うのを躊躇うぐらい重い。それを打ち消したのは、安楽椅子が再び揺れる音であった。


「貴公の安寧を磐石にしたいのであれば、星降る場所へ向かってはいかがか? 潜伏、監視、潜入。得意であろう?」


 ギョームは陽光が射し込む窓に投げかけた。


 だから、追加で予見された星が降る場所に近い位置で待機していた。できればこの平穏が続くように、落ちてきた者達を屠ることを覚悟していた。それが、女、子供だったとしても。


 占い師は、執行者は少なくとも一人ではない、とも発言していた。だから、これからもあの星が降ってくるのだろう。


 ブラディは自分のしわがよった手を見て、頬へと伸ばす。ほうれい線が濃く刻まれ、指でなぞれば、カサついた肌の上に幾重の波が揺蕩っている。己の年齢がボヤけているのに、それでも、まだ、生きたい。


 未来あるもの達から未来を奪ってでも、醜く、醜悪と罵られようが、卑怯者と後ろ指刺されようとも、長く、そいつらよりも長く生き続ければ、それらは負け犬の遠吠えなのだ。


 私を馬鹿にした奴ら、正しさだけを追求した奴ら、簡単に人を信じる奴ら、知る限りの全員、もうこの世にはいない。この世は業が深くも、臆病な人間が長生きする。できる仕組みだ。


 寿命を迎え、柔らかなベッドの上で老衰するのが、ブラディの今生の夢であった。故郷の地は夢の果てにある。


 であるから、久々の死を身に感じてブラディは怯えていた。


 

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