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不正者執行されるべし  作者: 菅田原道則


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第二章 ①

「おいハク」


 広がる月下の中、刀を素振りしていたハク・センゴクが、手を止めて野暮ったい声に振り向くと、水筒が飛んできて、ハクは左手で掴んだ。


「水汲んでこい」


 と、中肉中背で細長い顔をしたチーエンが顎をしゃくって言ってきたのを、ハクは心底面倒くさそうに鼻で息を吐いた。


「なんだ、文句あるのか? 俺はお前の上司だぞ」


 チーエンは不敵に口角を上げると、チーエンの背後で火を囲んでいる隊員達から、せせら笑いが聞こえてくる。ハクは刀を収縮させて、ケープの袖の中に直した。


 チーエンの挑発的でニヤついた顔を一瞥し、踵を返して川の方角の茂みへ歩き始めた。チーエンは素直に従うハクへ、面白くなさそうに舌打ちする。それがハクにとっては心底呆れることであった。


 しょうもない。ああも越権行為をして、力を誇示し、上下関係を明確にさせないと威厳を保てないのか。チーエンは任が解ければ、同じ階級になり、ああいった口はきかないであろう。だからこそ蔑みを通り越して、呆れるのだ。


 簡易野営地の明かりと喧騒が遠ざかるのを感じつつ、水筒を握る手の力を抜きながら、足首まで伸びた茂みをハクは前に進む。


 二週間前に、直属の上司であるカベージ・ニチカから指名され、エヴェル教会の遊撃隊から第三補給部隊に派遣されことになった。


 どうして俺が補給部隊へ行かなくてはならないんです?! そう抗議した。


「マリアちゃんのご指名や、いろんな女に黄色い声かけられて、モテモテやねハク君わ」


 カベージは嘲笑を含んだ声で笑った。補給部隊を統括する人間の指名なら、断るに断れず、こうして任務に就いたのであった。


 現在は、ノルン国の外にある教会本部へ物資の補給交換の任務の帰途であり、やっと、魔物も人間も襲ってこない、この退屈な任務が三日以内には終わろうとしている。その事実があるからこそ、多少の鬱憤くらいどうってことはなかった。


 この部隊は不甲斐ない。ハクが出立前に感じた印象だ。


 ハクの直感は正しく、チーエンは補給部隊の隊長であるが、戦闘訓練は受けているものの、実践経験は皆無。そして、この部隊の全員もほぼそうである。彼等が全員でハクを囲んでも、戦闘で勝る者は一人もいない。なのに彼らはハクを迫害する。第三補給部隊の誰もが、齢十五の少年を恐れている証だ。ハクは、そのことを重々承知していたし、しているからこそ、馬鹿らしかった。


 大の大人がやることじゃない……いや、大人だから、未知で経験したことのないのが怖いのかも。経験を積むほど臆病になるのは仕方ない。だが彼らの行動は、自分の臆病に目を瞑っているからこそ卑怯だ。教会は卑怯者の集まりなのか、それとも第三補給部隊がそういった人間の集まりなのか。


 ハクは思考が飛躍しすぎていることに気がついて、頭を振った。


 野営地の喧騒が遠くなるかわりに、虫の音と、川のせせらぎが大きくなる。それらが春の夜らしい芽吹いた緑の匂いとともに、ハクの心を落ち着かせた。


 俺はどうせこういう星の元に生まれたのだ。耐え忍び、啓示をこなすだけ。そういう人生だ。そう、本来の自分を取り戻しつつ言い聞かせた。

 

 ハクには同年代の友人といえるものがいなかった。教会の三世として生まれ、物心ついた時から魔王を討伐した英雄に憧れては刀の訓練を積み、その延長上で人を屠る技術を研鑽してきた。


 ハクの家系は代々執行人。罪を犯した者を罰するのが仕事である。現在は神の賜物を私物化している罪人と、その恩恵を受けている咎人を執行する使命を帯びている。そして、天に命と二物を与えられ、英雄の持っていたスキルの継承者でもあった。


 執行人、英雄の継承者、天命を授かった者。それらの肩書を持つおかけで、周りにいた同年代の人間は好敵手にもなりえなく、傅く者か額ずく者だけであった。実力も申し分なく教会内での階級が高く、同等の階級を持つ大人からは蔑みの目で忌み嫌われている。正しく孤高であった。


 別に一人なのは苦しくない。ただ、英雄と同じように、肩を並び合える仲間に憧れているだけだ。ハクはそれが虚栄だとは一縷も思っていない。


 魔物を討伐し、心を許し合える仲間とは、一体どんな人物が良いか。ハクが子供の頃によく夢想したものであった。遊撃部隊の小煩いが尊い女性達とは違う。もっと、深い情で繋がった存在。そんな人物。いつか、出会えれれば良いのだが。


 起こらない妄想をしつつ茂みを抜けると、すぐに川縁に出た。川面はハクの暗澹な心をうつすように暗く、流れが変わっている場所が月明かりを反射して白い線を作っていた。夜目の効くハクは、歩を緩めることなく川縁の砂利石を踏み、少し肌寒い川のほとりへしゃがむ。


 水筒を水につけながら、空を見上げた。星が瞬きせずに光っている。あれらは天上人の業の光。穢れた地上を少しでも善くしようと、邪悪な夜を照らしてくれているのだ。教会の経典の中にある話である。ハクは子供の頃からその話を聞くたびに、どうして降りてこずに、空から事を成そうとするのかが、甚だ疑問に感じていた。


 空から降りれないのではない。空が心地よいから、地上が穢れていると知っているからこそ、そこから小さな明かりを照らすだけで、問題を解決した気になっている。つまり、所詮は持ったものの偽善なのだ。今は、そう解釈していた。これは教会の教義に大きく反しているが、口と態度に出さなければ、思っていないのも同じである。ハクが多くの嘘をつく人々を見て学んだことだ。


「とったどー!」


 いきなり、川の真ん中で大きな飛沫が上がり、魚をかかげた半裸の男が現れた。ハクと男はお互いに見つめ合い、川の音がやけに大きく聞こえる時間が続いた。その間も、男の手の中で魚が動いている。しばらくして男は気まずそうに頬をかいて、かかげていた魚をおろした。


 ハクは何も見なかったことにしようと、満杯付近まで水を入れた水筒の蓋を閉め、立ち上がる。


 男は川を上がってきて、魚を脇で挟みながら、唯一の着用物である褌を絞った。


 男の全身は筋肉が太く、農耕をしただけでは鍛えられない場所まで筋肉が隆起しているので、只者ではないな、とハクは見てとった。


 この男は道中で雇った傭兵達の一人。第三補給部隊があまりにも貧弱すぎるので、外部のものを雇わざるおえなかったのだ。


 男は近くの木にかけてあった衣服と私物へ寄り、私物から取り出した布で水を拭いだす。男をじろじろ見る趣味はないハクは、用を済ませたので、元きた道へと身を翻す。その時、男がハクに向けて声をかけてきた。


「なあ少年」


 明らかに声をかけられたハクは、うんざりしながら男へと振り向く。男は甚平に着替え終え、三匹の魚を手にしてハクへと近づいてきていた。


 日に焼けた浅黒い肌に張り付いた黒髪、大男のような背丈、適度にはっきりとした目鼻立ちに、少年のような親しみやすい笑みをつくった男。そんな男に訝しげな視線をハクが向けていると、魚を差しだした。


「これ、食う?」


 ハクはギョロッとした魚の目を見て、なんだ、こいつ、と思いながら男に視線を戻す。


「施しは受けない」

「遠慮しなさんな、夜食だよ夜食」


 ニカッと白い歯を見せて男は笑う。


「遠慮などしていない。腹一杯だ」


 教会は物乞いの真似はしない。例え腹が減っていても、自分の力でなんとかする。反対に自給自足が成り立ったのなら、物乞う人々に分け与える。それが教義の一つ。男から魚を貰うことはできなかった。


「え、本当?」

「本当だ」

「あらー、嘘ついちゃうんだ」

「なに?」


 ハクは眉を顰めた。男の表情が小馬鹿にしているように見えたからだ。


「だって少年、配給少ないでしょ? 毎日毎日、同じ教会の人間たちより少ない。こんな任務のなか減量中、ではないよな?」


 ハクは息を飲んだ。男の言う通り、ハクの配給は少なかった。それもまた補給部隊からの嫌がらせである。


 この男は配給はこちらがしているのに、それに気がついていたのか。しかし、まあ、冷遇はかなり露骨だったので見ていれば気が付けた。それでは観察眼に優れているとは言えない。


「施しは受けない」


 ハクは警戒心を強くさせ、言葉に乗せた。


「強情だね。それも教えか?」


 返答が面倒だったのでハクは頷いた。露骨に突き放せば、人は呆れて関わってこない。これもまた学んだ、面倒な人間関係の対処法の一つ。


 男は呆れなかった。むしろ楽しそうに笑みを作った。


「少年の上司は昨日、俺がちょろまかした酒を飲んでくれたのだが、少年はつれないな。おじさんに付き合ってくれよ」


 ハクの眉間の皺が濃くなった。飲酒は厳禁ではなかいが、任務に就いているのならば禁止だ。ハクが帰還に浮かれるように、チーエンもまた浮かれていた。


 チーエンは直属の上司ではないが、現在の上司が教えを破っていては示しがつかない。男は既に教えなんてものはないと言っているに等しく、それは教会への冒涜である。だが、ハクは今、そこまで教会に義理立てしてやる気にはならなかった。そもそも、教えであり、こんなのは本当に破ってはならない戒律に比べれば些事なことであるのだ。


「分かった、分かった」


 根負けしたハクは、ため息を吐いて魚を受け取った。ハクは本来、傭兵である彼等と馴れ合う気はなかった。僅かでも情が湧けば、()()()()()に支障をきたすのをわかっているので、適切な距離感を保つと念打っている。それでも、この男の誘いに乗ったのは、無邪気な男の笑顔に惹かれたからかもしれない。


「おっさんも腹が減っていたのか?」

「おっ、おっさん……」


 男は自虐で言うのと、一回りも違う少年に言われる違いに、予想外に胸を打ちひしがれて肩を落とした。


「自分で言ったんだろ。それに、それくらいの年齢だろ?」


 ハクは若いように見える男の首元に注目し、三十後半くらいかと予想する。


「そうだけど、年の波は認めたくないものだよ」

「そういうものなのか?」

「少年も歳を重ねると分かるさ……それよりーー」

「どうした?」


 肩を並べた男が言葉を止めて、いきなり前方を向くものだからハクも視線を前へやる。


 野営地の方が騒がしい。喧騒といえば喧騒なのだが、笑い声ではなく、叫び声や、剣が擦れ合うような戦闘音が聞こえてくる。それも、じゃれあっているような感じではない。ハクは男に目配せすると、男は黙って頷き、そして共に駆け出した。


 

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