018
「ノルン国へ入ったけど、どうするの?」
ズレてきた荷物を背負いなおしながら訊ねると、声は返ってこなかった。不思議に思いラジエルを見ると、彼女は顎に手を当てていた。
「どうしたの?」
「いえ、どうしたものかと」
「………えっと、もしかしてだけど、ノルン国へ入ってからどうするかの記憶がない?」
ラジエルは眉を下げて頷く。これはまた旅が難航を示しだしたぞ。
「目的は不正者の執行なんだよね」
「はい、主目的は覚えているのですが、それを成すために計画していたであろうことを思い出せないんです、申し訳ありません」
「この国の首都に行って、牛耳っている人を執行するのは?」
「総理官邸へ後ろ盾なしに潜入するようなもので、無謀な挑戦です」
「……じゃあ手助けしてくれる人がいたら入れるってこと?」
「うーん。そもそも誰かと合流する予定だったと思うんですよね」
「仲間がいるの?」
その話は初耳だったので、僕は食い気味に訊いていた。
「おそらくいます。私達が転移する方法は、チートスキルで時空間を歪めて転移するしかありません。普通はトビラ――あ、スキルの名前です。それを通って来るのですが、あの場所にトビラの媒体となるものがありませんでした。ですので、私達は天のトビラを通ってきたと思われます」
「天のトビラって、天界みたいなのがあるってこと?」
自称天使がいるのだからあるのだろうが、白を基調としたオブジェクトがあり、色とりどりの花が咲いている普遍的な楽園を想像してしまい、ラジエルのいう天界をうまく理解できなかった。だってそれだと僕は死んだことになる。
「まあ、私がいますしね。ただ、下界とは隔絶されていますし、肉体を持ってして行くことは叶いません。ですが通ることはできるんです。おそらく、私達は地上のトビラを使うことが大きな不利益を生じたのでしょう。それで天のトビラを使ってまでしてやってきたんです」
「天のトビラを使ったのは分かったけど、どうして仲間がいるって思ったの?」
「天のトビラを通ると、空から落下します。しかも、着地点を完璧に制御できません。なので、私達は人のいない国外へ着地したんです。そうなれば、かなりの距離を物資なしで歩くことになります」
実際一日歩いて村を見つけたからいいものの、あのままだと、三日は歩けなかった。
「仲間がいて迎えにきてくれるかもしれなかったってことだね。でもそれなら動かないほうが良かったんじゃない?」
「明日さんと最初にいたお家で、煙を出して三日は待ちました。近くで待機していても、それくらいで見つけられはずです。来る気配がなかったので、主道に出て、こちらから合流することを決めました」
もしも、仲間がいて、その仲間の人にもこられない事情があったのかもしれない。ラジエルの判断は間違っていない気がする。
「ここまで入念にしているなら、他の合流プランも考えているのでしょうが……」
ラジエルは言葉を詰まらせた。つまりは思い出せない、ということだ。
「あと、目立つ真似をすると、相手方に警戒されるかもしれないので、こちらが大きく動くことはないでしょう」
「それって現状では僕たちが動かないから、仲間に見つけてもらうまで一つの町にとどまり続けるってことだよね?」
仲間が現れるまで無為に時間が過ぎる。それは詰みってことではなかろうか。
「だ、大丈夫です。いざとなれば、頭の中を物理的に掻き回してでも思い出してみせます」
「それは、勘弁してほしいかも」
またラジエルの中身を戻す作業はしたくない。あんなのは一度きりでいい。
そんな話をしながら、僕達はようやく下山した。
「そういえばさ、僕ってこっちの世界の言語はちゃんと話せているの?」
ハクと話していてずっと疑問であった。ハクの手前ラジエルに聞けないし、モヤモヤとしていたのだ。
「この服の性能………は、忘れてしまったんでしたね」
空咳をして、ラジエルは人差し指を立てた。
「この服を着ていればあら不思議、聴くも喋るも翻訳され、耐熱耐寒優れもの、汗をかいても不快感なしで、肌荒れもしない。防刃防弾性能もあって、しかも軽い。お値段なんとプライスレス。どうですお買い上げた明日さん」
「えっ、あー、うん、いい着心地だよ、ありがとう」
ラジエルのノリについていけず普通に返すと、ラジエルは恥ずかしかったのか、顔を赤らめ始めた。
「服上下で効果を持っていますので、半裸、または全裸にならなければ、私達の姿は一般的な庶民の服と認知されるようになっています。翻訳は靴一足でもなされますのでご安心を」
この服もトビラと同じでスキルが編み込まれているのだろう。僕の常識を当てはめたところで、突破もない世界では人間の営み以外の常識はあまり役に立たない。
ラジエルは説明を終えると、むっつりとした表情で下を向いた。




