015
早速僕達は準備を始めた。僕とハクは馬まわりのことと、水の確保。ラジエルは食料や道具まわりの準備だ。
「あの時は必死で気がつかなかったけど、いい馬だな」
僕達の家の裏に水を飲みにきていた馬のところまで案内すると、尻尾を左回りに回しながら馬が近づいてくる。その馬を見てハクは呟いた。
「うん、大人しいし、賢いよ」
民家にあったたわしで艶々の毛並みを整えてやると、馬は目を細めた。この馬の性格なのかもしれないが、人懐っこくて、可愛い。
「俺を背中に乗せた時は振り落とされるところだったが」
ハクは持ってきていた水瓶を井戸のそばに置いて、水を汲み上げ始めた。
「そうなの? 背中に人を乗せたら性格が変わるのかもね」
「なるほど、人を背に乗せたら戦闘態勢になるのか、となると戦馬なのかもな」
馬の顔についていたくつわのようなものーーハミと言うらしい、ハクがそう呼んでいたーーを取り付けるために持つと、馬は首を落として素直につけさせてくれた。えらいね、と目の間を撫でてやると、気持ちよさそうに馬は目を細める。僕もこのさらさらな毛並みの上から、指が合う緩やかな曲線を触るのが、ここ数日で好きになっていた。
「随分懐いているな」
「そうかな?」
馬ってこういう生き物なんじゃないのかな。ラジエルも馬は人に懐きやすい、と言っていた覚えがある。
話の種が無くなって、少し気まずい沈黙が流れる。ハクが桶を落とすとカポーンと底で水音が反響し、ロープを動かしたのちに、滑車がカラカラと回り出す。僕はこういう沈黙に耐えられない人間なのを思い出した。
「さっきは、ごめん」
「ん、なにが?」
「一緒に行こうなんて提案して、本当はすぐにでも行きたいよね」
ハクは桶の水を瓶にいれるのをやめ、桶を置くと、腕を組んだ。
「明日お前、真面目なやつだなー」
右足を小刻みに動かして地面を叩く。それが止まったら、頭を掻いてこちらを向いた。
「お前らが何者かも、なんの目的を持っているかも、教会としてはかなり気になるが、助けられた身であるから詮索はしない。明日達には借りがあるから、俺はそれを返したいんだよ。だから一緒に行くのは迷惑なんて思っていない」
ハクの心境の吐露に僕は嬉しい反面、心配事が浮かび上がった。
「それじゃあハクが教会に背いていない? 大丈夫?」
「………」
また変な沈黙が出来上がった。雨上がりの蒸し暑さが肌に張り付き、汗を滲ませる。やっぱりそれらが耐えられない。
「ハク?」
「………お前、マジで言ってる?」
「え、うん、大真面目だよ」
細い眉毛を顰めているハクに力強く頷いてやる。お互いに瞬き一つ見つめ合った。
「だーっ、お前っ、ほんっとうにむず痒くなること言いやがって!!!」
ハクが手をわきわきと揉みしだくように動かして、どこを掻くこともなく痒そうにしている。面白い動きだ。
「俺がそうしたいんだよ! 二度も言わせんな!」
細長い指で指されて宣言された。ハクの頬はちょっと朱が差している。それが僕にも伝染した。
「……ありがとう」
「礼を言うのは俺だっつうの、お前お人好しすぎるぞ。ラジエルに嫌なことされたら言えよ、着くまでは庇ってやるから」
そんなことを崩した笑顔で言われ、僕の心は浮き足立った気がした。緩みそうになる顔を我慢する。我慢する必要はないのだけども、ハクへの猜疑心を与えた手前、ラジエルに顔負けできない。
「ラジエルはそんなことしないよ。ただ心配性なだけ」
「そうか、ま、今言ったことはラジエルには内緒な」
僕の肩を叩いて、ハクはまた瓶に水を入れる作業を始めた。浮つく気持ちを抑え、僕は大きく返事をして約束を交わした。




