014
「ハクさんは、なにをしている方なんですか?」
麦粥を干し大根に塩で味つけたものと一緒に、かっくらっているハクに僕は訊ねる。
「俺はエヴェル教会の者だ……ですよ」
ハクは口の端についた粥を舌を伸ばして舐めた。ラジエルの言うとおり、教会の人だった。どんな教会かは知らないけど。
「あと、さんづけしなくていいよ、同い年くらいでしょ? 俺、十五、明日さんは?」
「僕も十五。僕もさんづけしなくてもいいよ」
「よし。ラジエルさんは?」
「私は十億飛んで十七歳です」
「うん、よかった、じゃあ畏まるのはなしで、あー肩凝った」
ハクは肩を回しながら一息つく。ラジエルの年齢が、ボケだと思われたらしい。
「明日とラジエルは、姉弟じゃないよな、夫婦?」
水を飲んでいたから咽せてしまった。
「違うよ!」
「主人と護衛ですよ」
同様に水を飲み終えたラジエルが毅然と答えた。どっちがどっちなのだろう。
「……そっか、そりゃ失礼」
ハクは大根を口に運んだ。あの大根、素材の味しかしなくて美味しくないんだよね。贅沢は言ってられないけどさ。
ここ三日で口にしたのが麦粥と干し大根のしお漬けか、かぶのしお漬け。道中のハムが恋しい。
「二人はなんで外にいるんだ? ここの住人じゃないんだろう?」
「外にいる親戚の安否を確認しにきたんです。弔ってからの帰り道です」
「ああ、それはご愁傷様だ……」
ハクは目を瞑って頭を下げた。嘘はついているけど、真実を語ってはいるラジエルに、僕は感心していた。
「ハクさんはどうして外へ?」
「俺か? 俺は物資補給の帰りだった」
「お一人ではなかったんですよね?」
「ああ、教会の人間と、命知らずの傭兵を連れてな」
二人の会話に緊張感があるのは気のせいじゃない。お互いに腹の探りあいをしているのは、流石にわかる。でも、これでは他人行儀すぎやしないか。
仮にもハクはノルン国外にいる稀な人だ。攻撃性に長けているし、所属する組織があるから、警戒するべきだろう。だけど、それでは最終的に闘ってしまう気がするのだ。だから僕は違う道を歩むことにした。
「ハクの馬、たてがみが綺麗だね」
「馬? ああ、あれは俺の馬じゃない、俺を助けてくれたオッサンのだ」
「助けてって、何かあったの?」
僕が訊ねると、ハクは胸の前で腕を組んで難しそうな顔をする。いきなり地雷を踏んだのかと、唾を飲み込むと、ハクは口を開いた。
「魔物に襲われた」
ラジエルの身体が大きく揺れ、椅子が軋んだ。
「あり得ないよな。魔物は英雄が魔族を討ち滅ぼしたことで、この世から根絶したものな。俺達が生まれる前の話だし、信じられないのも無理はない」
自嘲気味に笑ってからハクは続ける。
「だが、あれは魔物としか思えない。国王や領主が使うスキルを人間ではないものが使っていた。俺達はそいつに襲われて、壊滅した。初撃で戦闘不能に陥らされた俺は、傭兵の中にいたオッサンに助けられて、オッサンの馬で逃がされたんだ。で、気がついたらベッドの上」
ラジエルは戸惑っている、顔がちょっと青ざめている気がする。質問は僕がするべきだろう。
「その魔物ってどんな見た目だったの?」
「首のない甲冑騎馬騎士だ。全てが黒色で、そいつの剣も黒色だった」
ラジエルの顔がゆっくりと青ざめていく。今にも僕に縋り付きたそうにしたいる。その衝動をスカートに皺を作って耐えていた。
「出立ちも物騒だが、あいつの本質の一つは、その剣で傷をつけられると、渇きが止まらなくなり、しまいには立てなくなる」
剣の見た目で、あの夜の剣を思い出す。そして説明を聞いて、ラジエルがずっと水の入った飲み物を、この三日感手放さず、座っていることが多い理由を知った。
ラジエルは上目遣いで申し訳なさそうな顔をしている。彼女なりにこれ以上僕を不安にさせないよう、迷惑だと思い黙っていたのだろう。責める気はないが、昨日みせた弱さは一つだっただけだ。全ての弱さを背負わせて貰えるとも思っていない。
卑下た思考を押し込めて、質問に戻ることにした。
「その剣で命を奪われると、ゾンビになる?」
今度はハクが目を見開いた。
「なんで知ってるんだ?!」
ハクがテーブルを叩いて腰を上げたので、僕は左手の掌を開きながら答える。
「ハクがここに来る前の夜に、その魔物が通って行ったんだよ。僕等は息を潜めてやり過ごしたんだけど、魔物が行ったあとに、この村の死体の一つが動き出して襲われたんだ」
「いや……そうか……すまん、声を荒げた」
ハクは落ち着いたのか、椅子に座った。
「にしても、あいつら脚を切っても頭を切断しても向かってくるのに、よく制することができたな」
「うん、死に物狂いでなんとかした」
僕も真実を述べておいた。嘘はつかなくていい、けど僕の力の事は説明しないでいいだろう。
「そうかあ………あれがまだ存在してるってことは、オッサンもやられたのかね」
ハクは物憂げに呟いた。そのオジさんはハクにとって命の恩人なんだろう、心配するのも無理はない。
「ハクを逃がしてくれたんだし、そのあとに、きっと逃げて生きてるよ」
「そうだな、そうだよな。ハクメイキまでに中に入れていれば、また会えるだろうな」
僕の中身のない励ましが功を奏したのか、ハクはカラッとした笑いで応対する。
「うん」
ハクメイキってなんだろうなんて尋ねられるわけもなく、僕は肯定に徹することしかできなかった。
「それで、あの魔物は何日前にどこへ向かったかわかるか?」
「三日前だよ。方向はたぶん、村のあっち側かな」
僕は最後に馬のいななきが聞こえた方角を指差す。
「徐角の方か、今から追っても間に合わないな」
「あの、私達、熊に襲われて、逃げ惑った挙句に地図を無くしてしまい、土地感覚が掴めないのですが、よかったら教えていただけませんか?」
「ん、構わないぞ」
ラジエルのお願いに、快活に答えたハクは、食器類を並べ始める。
「この皿が徐角領だな、このコップが剣岳で、こっちの皿が現在地の村だ。ちなみに、俺が襲われたのはこの辺」
徐角と呼ばれた皿の近くに、コップが隣接するようにあって、フォーク一本分の長さに小さい皿がある。最後にハクがテーブルの上に指し示した場所は、小指の爪程度の長さだった。
「徐角領までは歩いて五日くらいですね」
頭の中の地図と合致したのか、ラジエルはテーブルを見つめながら道程の時間を算出する。もう顔色は明るいので、心配することはない。
「道によっちゃもっとかかるな。徐角に帰るのか?」
「いえ、中に入れれば構いません。その後はなんとでもなりますので」
「逞しいな」
「頼りになる方がいますので」
ラジエルはえくぼを作って、僕へ視線を向けてくる。この感じだと、僕が従者役なのかな? それとも単純に言葉通りの発言なのか。なんにせよ、この二人の間では、まだ空気がピリピリしている。
「えっと、ハクはあれを追うの?」
「一人ではなんともだから、俺も中へさっさと戻る気だ」
僕は好奇だと思い、すかさず言葉にした。
「じゃ、じゃあ一緒に行かない?」
ラジエルが目を見開いて驚愕した。謎の教会に所属する人間と共に一緒に行動するのは、不正者を正す使命を持っている僕達には不都合である。だけど、記憶喪失の二人が、これから無事にノルン国へ入国できるとは、今日までの体験で思えなくなった。
ラジエルは警戒しているようだけど、ハクと話していて、僕は好感触だ。彼にも人に話せない事情があるはずだし、物騒な物を扱える技量があるのも承知している。それでも、僕には悪い人物とは思えなかった。
「ああ、俺もそう言おうと思っていたんだよ」
ハクは逡巡せずに口元を緩めて答える。あまりにもあっさりな返答に、まだ驚きが隠せないラジエルは、僕とハクを交互に見ていた。
僕はハクを信じる。根拠は薄いが、彼とはどこかシンパシーが合いそうな気がするのだ。それに、パージが問答無用で、熊のように殺そうとしなかったのもある。とにかく、ハクを信じることにした。
「よかった。目的地は徐角領?」
「いいや、もし、あれが徐角に真っ直ぐ向かったなら、四日後に剣岳砦に当たるはずだ。だから俺は最短距離で中へ戻るつもりだ」
ハクはフォークを動かして、コップからフォーク一本分の場所へ移動させた。
「ここだ。柳峠を越える」
「その場所を抜けると、中へ戻るのが早いのですか?」
「ああ、峠といっても、峠の下りにある坑道を抜ける道だからな。ここからなら徒歩でも峠前に一日でつくし、坑道を使えば峠の半分を短縮できる。なにも起こらなければ全行程は二日半で着く」
怪訝に訊ねるラジエルに、整然と答えるハク。
「そうですか、私達が足枷にならないでしょうか」
「馬が一頭いるんだろ? 疲れたら乗ればいい。馬に荷を乗せるなら、その場合は俺が持つさ」
「それは申し訳ないです」
「なにごとも助け合いだろ。それに、二人のおかげで身体は好調だからな」
ラジエルはなにも言わなかった。僕が勝手に決めてしまったから怒ったのかもしれない。
話がまとまったところで、ハクが両手を合わせた。乾いた音が鳴り、ご馳走様、と食後感謝を快活に言い、立ち上がった。
「てことで、早速準備しようぜ」




